広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.346『ある行旅死亡人の物語』共同通信大阪社会部 武田惇志、伊藤亜衣/毎日新聞出版
蔦屋書店・犬丸のオススメ『ある行旅死亡人の物語』共同通信大阪社会部 武田惇志、伊藤亜衣/毎日新聞出版
行旅死亡人(こうりょしぼうにん)。
病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所など身元が判明せず、引き取り人不明の死者を表す法律用語。
行旅病人及行旅死亡人取扱法により、死亡場所を管轄する自治体が火葬。死亡人の身体的特徴や発見時の状況、所持品などを官報に公告し、引き取り手を待つ。(本書より)
病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所など身元が判明せず、引き取り人不明の死者を表す法律用語。
行旅病人及行旅死亡人取扱法により、死亡場所を管轄する自治体が火葬。死亡人の身体的特徴や発見時の状況、所持品などを官報に公告し、引き取り手を待つ。(本書より)
これはミステリ小説ではない。共同通信大阪社会部の武田記者と伊藤記者がしぶとく追いたどりついたルポルタージュだ。
きっかけは、2021年6月、武田記者がネタ探しのため閲覧した死亡記事だった。
きっかけは、2021年6月、武田記者がネタ探しのため閲覧した死亡記事だった。
武田記者の担当は業界用語で「遊軍」と呼ばれ、記者クラブという持ち場をもたず自分でネタ探しをする。ネタ探しに追われる中でアクセスした、民間のサイト「行旅死亡人データベース」。そこでふと目に留まった「ランキング」の欄。クリックすると「市町村別行旅死亡人数ランキング」「市町村の人口に対する行旅死亡人数ランキング」に続き出てきたのは、「行旅死亡人の所持金ランキング」だった。一位は兵庫県尼崎市で発見された女性で所持金34,821,350円。その女性は、2020年4月、尼崎市にある錦江荘二階の自室玄関先で絶命した状態で発見された。本籍(国籍)・住所・氏名不明、年齢75歳くらい、女性、身長133cm、中肉、右手指全て欠損、現金34,821,350円所持。
発見された当時、尼崎東警察署が変死体の調査に入り、年金手帳から名前がわかった。
「田中千津子(タナカチヅコ)」。
錦江荘には四〇年くらい住み続けていたが、住民票が無く、本籍地もわからない。
発見された当時、尼崎東警察署が変死体の調査に入り、年金手帳から名前がわかった。
「田中千津子(タナカチヅコ)」。
錦江荘には四〇年くらい住み続けていたが、住民票が無く、本籍地もわからない。
断片的で記録でしかない情報のなかの「タナカチヅコ」という名前は、ただの背番号のように感じる。他者との区別でしかない番号。田中千津子さん。あなたはどこで生まれて、どんな人生を歩んだのですか。
ここから武田記者に伊藤記者が加わり、警察も探偵もたどり着けなかった田中千津子さんの人生を追う。
まず言いたいのは、最初から最後までめちゃくちゃおもしろいのだ。気になって途中でとめることができない。右手指を全て欠損してしまった理由、遺品の謎、調査過程が特に興味深く、SNSなどももちろん使うが、二人の記者が現地を訪れ尋ね歩く、まさに足で稼ぐ地道な聞き込み。そこで知り合う人たちの人間味も本書をおもしろくしている。
しかもこれが、ほんの数年前、令和になってからの話なのだ。
しかもこれが、ほんの数年前、令和になってからの話なのだ。
調査から田中千津子さんは幼いころ広島に住んでいたことがあるのではないかと推測し、記者は広島へ向かう。読み進めながら、年代は違うが、私が暮らしいつも見ているこの景色を彼女もまた見ていたのかと思うと、親近感が湧く。生きていたころの彼女を想像する。少しずつ分かってくる生い立ち、記号のようだった「タナカチヅコ」という名から、読み終わるときには、肉付けされ厚みを持った人生を生きる「田中千津子」という名の存在が現れてくる。
個人としての存在は、知り合った人たちに少しずつではあるが思い出として残り形作られていくのだなと感じる。それが、その人のある限られた一面であったとしても。