include file not found:TS_style_custom.html

広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.311『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』岸本佐知子 翻訳 柴田元幸 翻訳/スイッチ・パブリッシング

蔦屋書店・犬丸のオススメ『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』岸本佐知子 翻訳 柴田元幸 翻訳/スイッチ・パブリッシング
 
 
2023年。今年もあと少しだ。
振り返って、やはりこの本をみなさんに紹介しなければと思う。満を持してだ。
 
今回紹介する『アホウドリの迷信』の出版は2022年9月なので、もう読まれたかたも多いかもしれない。では、なぜ今かといえば、2023年2月に翻訳者の岸本佐知子さんと、12月に柴田元幸さんとお会いすることができたからだ。念願だった思い出とともに本書は在る。
やはり、このご縁とこの本のおもしろさを伝えずして、本年は終われない。
 
本書は、タイトルにもある通り英語圏の作家の短編小説アンソロジーだ。ただし、この短編集、一筋縄ではいかない。そのうえ、すべてハズレ無しなのだ。
英語圏の小説を翻訳・紹介してきた岸本佐知子さんと柴田元幸さん。この二人の翻訳家が「おもしろい」と思う作家を、それぞれ四人ずつ選び紹介している。「はじめに」で書かれているが、紹介する作家には選択する基準がある。「日本でまったく、もしくはほとんど紹介されていない(雑誌に一短編がすでに載ったあたりまでの)作家であること。いちおう現代の作品の中から選ぶが、面白ければちょっとくらい、あるいは大いに古くても構わない」という、お二人らしい厳しさと緩さを兼ねている。
 
いざ「おもしろいものを出しますよ」と宣言した後では、「おもしろい」のハードルは高くなるものだ。だが、「ハードルなんてありましたか?」というくらい、どれも凄い。ここではできるだけストーリーに触れたくはないので、ハードル高めでぜひ手に取っていただきたい。
一話目の「大きな赤いスーツケースを持った女の子」(柴田元幸 訳)では、なんだかキツネにつままれたような気分になって、もう一度読み返したくなるし、二話目の「オール女子フットボールチーム」(岸本佐知子 訳)では、主人公の「僕」がなんだか風変りなのだけれど、あるタイミングでなにか悟ったように一歩大人になるときの、あの甘酸っぱさを感じる。なかでも、「足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある」(柴田元幸 訳)の文章のリズムがとてもおもしろい。出だしを少し引用します。
 
 
 家は古かった。人はもっと古かった。三人姉妹。ヴィクトリア女王の即位六十周年祭も祝った。女王の葬儀で泣いた。実際に自分の目で見たんじゃなくても全部新聞で見聞きしていた。家は新聞だらけ。紙袋を溜めた紙袋。手紙。写真。ブロケードの端切れ。サテン。リボン。ロケット。髪。壊れた眼鏡。薬壜。中は空。外国の貨幣。トランク。ケース。ケーキ。ビスケットの缶。そして鼠。長い夜にゼイゼイ喘いでいるのが鼠なのかどちらかの大叔母なのか子供にはわかったためしがなかった。(「足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある」より)
 
 
読点を使わず、句点でこれでもかと区切られていく。決して明るいストーリーではないが魂をぶつけるような文章は、MOROHAのポエトリーリーディングラップのようでもある。そのリズムに支えられながらストーリーは進んでいく。
他言語が苦手なわたしにとって、他言語で書かれた本を楽しめるかどうかは翻訳家にすべてを委ねなければならない。何が書いてあるのかだけではなく、作品の時代背景、その国や時代の文化はもとより、作家の世界観や文章の味やくせまでも、翻訳というかたちで表現されたものを読んでいるのだと、改めて思い知る。翻訳家は言語に精通しているだけではない。翻訳家の人生経験や幅広い知識、言葉のセンスやユーモアまで、すべてが必要なのだ。翻訳には翻訳家そのものが反映されている。そのうえ作家とその作品に対する情熱も重要だ。
 
本書のもう一つの楽しみは、短編小説の間に、岸本さんと柴田さんの「競訳余話」と題した対談が掲載されていることだ。お二人の息の合った掛け合いがとても楽しめるが、それ以上にお互いが選んだ作品への感想や選んだ経緯など、とても興味深い。お二人とも、当たり前といってしまえばそうなのだが、読書量がすごい。あんなに訳書を出版してエッセイなども書き、ラジオやイベントなどもこなし、そのうえ柴田さんに至っては、文芸雑誌『MONKEY』の編集長まで務める。一体、いつ新しい作家を見つけ読むのか。このお二人の時間の流れは、わたしと一緒なのか、甚だ疑問だ。
 
今回の作品の選出は、お互いが選んだものを持ちより「せーの!」で見せあったようだ。幼いころ、手に入れたばかりの宝物を友達と見せ合いっこするときのような、相手を驚かせたい少しいたずらめいた気持ちと、どんな宝物を持ってきてくれるのかと期待される以上のものを見せたいという気持ちが見え隠れするような、不思議なストーリーが詰まっていた。まさに「端っこの変なところ」を偏愛する二人だ。
この企画が第二弾、第三弾と続くことを楽しみにしている。
念願かなってお会いできた岸本さんも柴田さんも、とても優しく気さくでとても素晴らしいかただった。お二人の本を手にするとき、その存在がわたしを支え続けてくれることだろう。
 
「あとがき」には、「これが気に入ったらこれもお勧め」という提案がある。一冊の本が次々と本を連れてきてくれる。嬉しい。本から広がる世界は無限だ。しかも、本を読むことは孤独な作業でない。本を開けば、向こう側で本に関わる多くの人の存在がいつでもわたしを支えてくれているのだ。
 
 
 

SHARE

一覧に戻る

STORE LIST

ストアリスト