広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.315『インディアナ、インディアナ』レアード・ハント 柴田元幸訳/twililight
蔦屋書店・神崎のオススメ『インディアナ、インディアナ』レアード・ハント 柴田元幸 訳/twililight
この物語をどう表現しようか、どう伝えようかと考えている。
何か事件や事故などの出来事があるわけではない。犯人や極悪人もいない。人生への小難しい教訓や指針もない。これだ、というつかみどころがないのだ。なのにじわじわと心の奥の奥、ずっと深くまで入ってくる。浸食してくる。胸に染み込んでくるのはなんだろう。寂しさだろうか、悲しみだろうか。
ノアは年老いてからほとんどしゃべらなくなっていた。猫を相手の独り言や、たまにやって来る青年マックスと言葉を交わすぐらいだ。物語はそんなノアの何もない日常と記憶、回想が断片的に交差し、描かれる。それは小説というより詩、散文詩のように。
父親ヴァージルや母親ルービーとの関係や葛藤、二人の死。そして「いとしいノア」で始まる引き離された妻オーパルの不思議な優しい手紙。ノアの静かな日常と記憶が重なり合い流れていく。流れているのは失ったものたちへの愛しさと後悔だろうか。読者はゆっくりと彼の記憶の中を彼と寄り添いながら歩いていく。
いくつかの悲しみかたがある。例えば号泣し、泣きわめき、地団駄を踏むような。感情を表に出すことで悲しみを表現しようとする方法。ノアは、 静かに目を閉じ記憶の中に沈んでいく。彼の悲しみは表に出ない。涙も見せない。ただ胸の中に満たされていく。まるで波のない一つの湖のように胸の奥に溜まっていくのだ。
読み終えた後にすっぽりと包み込まれたように感じる。この感覚は、私の胸の中も、おそらく、ノアの静かな悲しみによって満たされたからなのだろう。