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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.307『奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知ってUDデジタル教科書体 開発物語』高田裕美/時事通信社

蔦屋書店・犬丸のオススメ『奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知ってUDデジタル教科書体 開発物語』高田裕美/時事通信社
 
 
文字を読むのに困難を抱える子どもたちがいます。例えば「ディスレクシア」(発達性読み書き障害)は、文字が重なって見える、似た文字の区別がとっさにできない、文字を見てもなんと読むのか一瞬考えるなど、文字を正しく、疲れずに読むことに困難がある学習障害です。
「ディスレクシア」の子どもたちは、普段の会話や理解力には問題がないため誤解を受けやすく「勉強のやる気がない子」「漢字が苦手な子」「読書が嫌いな子」と傍から見られてしまうことも少なくないようです。この困難に気付くことができない先生や親からは「もっと頑張りなさい」と言われてしまうのだそうです。
「ロービジョン」は、景色がぼやけて見える、視野の一部が欠けて見える、眩しく感じるなどの困難があります。「ディスレクシア」もそうですが見え方もさまざまあり、時間をかける、文字を拡大するなどの対応で文字が読める子もいれば、視覚を補助する器具や機械に頼らなければならない子もいます。
 
今回、紹介する書籍は、著者の高田裕美さんが「書体デザイナー」として多くの書体を開発してきた、32年間の歩みです。なかでも、健常者だけではなく、ロービジョンやディスレクシアの子どもたちにも「見やすく、読みやすく、伝わりやすいこと」を目指して作られた教科書体「UDデジタル教科書体」をリリースするまでに至った道のりは、構想から8年もかかり、しかも決して平坦ではなかったのです。
 
美術短大で書体デザインを卒業制作に選び、卒業後、グラフィックデザイン科の専攻科に進み書体の研究をしていた時、高田さんの人生に大きな影響を与える人との出会いがあります。その人の会社へ就職し間近で指導を受け仕事をしたことが、妥協なき「UDデジタル教科書体」を生み出す入口となったのです。この大きな影響を受ける人との出会いを、ただ通り過ぎるのではなく、出会いから関わりを作りだしたことが、こんなにも人生を変えていくのか。この時の高田さんの行動力がとても印象深く残っています。それはまだ手書きで書体をデザインしている時代でした。
 
「UDデジタル教科書体」を作るきっかけもまたそうでした。2007年、高田さんは特別支援学校に通うロービジョンの子どもたちに触れあう機会があったのだそうです。授業を受ける弱視児童生徒が使っていた拡大教科書は、親やボランティアの方の手作りで、一文字一文字、フエルトペンで大きく写されたものでした。それでも見えにくく、教科書に鼻先を近づける子どもたち。
その様子を見て、高田さんはいたたまれない気持ちになったそうです。
それは、今までデザインしてきた多くの書体は企業やそのユーザーの要望に合わせたものでした。いわば、一般ユーザーから見てバランスよくデザインされた、整っていて美しく好まれるもの。ですが、デザイン以前に読める文字がないことで、生活や学習に大きな負担を強いられてしまう子どもたちがいるということに、とても大きなショックを受けたのです。
 
そこから、当事者である子どもたち、親、特別支援学校の先生、ロービジョンの研究者など多くの人たちと出会い関わり合い、「UDデジタル教科書体」は、生み出されていきます。終始、一貫していたのは「当事者が本当に使える書体」、誰のためのフォントであるかということです。教科書体という言葉が示すように、児童が文字を覚えるための正しい筆運びや画数などが理解できる、教科書としてふさわしい書体、さらにUDが示すように、「見やすく、読みやすく、伝わりやすいこと」などの、ユニバーサルデザインとしての書体という両方の問題をクリアしていく難しさ。当事者から科学的なエビデンスを取ることで、改めて見えてくること。試行錯誤と繰り返される改良。さらに会社での立場。よく諦めないで続けてくれたと思います。それには、困難を減らしてくれる書体を待っている当事者や関係者との多くの出会いと関わりがあったからこそではないでしょうか。架空のどこかの誰かではなく、実在している目の前の困っている人の存在です。
 
考えさせられるのは、さまざまな場面で何気なく使っているものにも困難さを抱えている人たちがいるということです。例えば、明朝体はとてもきれいな書体ですが、漢字の「はね」や「はらい」が鋭くとがっていて、視覚過敏の子にはストレスや恐怖を与えてしまうことなど、考えが及びません。ですが、その人の特性を理解し、ストレスのない書体に変更することで困難さが軽減されるのであるなら、それはひとつの社会的障害を取り除いたことになるのではないでしょうか。
 
本書は決して、お涙頂戴の苦労話ではありません。障害とはなにか、ユニバーサルデザインの真の目的はなにかということについて考えるための、大切な一冊となることでしょう。そのうえ、この「UDデジタル教科書体」が企業からリリースされたということの意味もとても大きいと思います。社会的障害を取り除くことに、企業が目指すべきビジネスモデルとしての可能性もあるのではないでしょうか。
Windowsには「UDデジタル教科書体」が搭載されています。どうか一度フォントを開きその書体を使ってみてください。そして本書でこの書体が存在する意味を知ってほしいのです。
 
「はじめに」で紹介されていますが、ディスレクシアの小学生の男の子は、普通の本や教科書がうまく読めず途中であきらめていたそうです。ですが、試しに「UDデジタル教科書体」に変えたところ、その子は「これなら読める!おれ、バカじゃなかったんだ!」と言い、顔が明るくなったのだそうです。
 
「障害は、その人にあるのではない。社会にあるのだ。」その意味を、今一度、自分自身が振り返るために、そして、すべての人がそれぞれの特性を活かせる環境を築くために、社会が、企業が、私がすべきことを考えるきっかけとなる一冊なのです。
 
 

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