広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.151
蔦屋書店・丑番のオススメ 『関西酒場のろのろ日記』スズキナオ/Pヴァイン
お酒が好きで、飲み屋も好きなのだが、関西の飲み屋のことはまったく知らない。関西出身なのに。
なぜかというと関西にいたのは大学生までで、そのころは、いい飲み屋などまったくわかっておらず、チェーン店ばかり利用していた。ときは2000年前後。デフレ真っ只中。ハンバーガーが60円になり、牛丼が300円を切っている異常な時代だった。お金のない学生だったわたしが利用していたのが、赤井英和が店長をしていた(CMで)某居酒屋チェーンの二次会コース。ほんとうに簡単なおつまみがついて飲み放題980円!平日21時からの限定コース。赤井英和店長は、二次会利用だったらお腹もくちくなってるし、飲み放題でもそんなに飲まないし、ということで採算がとれると考えていたんだろうが、お金がない学生たちはそれを一次会として使用。まさにリアルせんべろとして活用していた。つまみは簡単なものだが、そこにコースとは別に唐揚げチャーハン焼きうどんなどを追加してお腹も満たす。それでも複数で割り勘すれば千円ちょっとのお会計だった。本来の意図とは違う使われ方をされていたこのコースはすぐに廃止になったか、値上がりしたような記憶がある。
関西を離れてから少しずつお酒の飲み方も覚え、また本を読むことでシブい大衆酒場やシブい飲み方に憧れるようになっていた。その中で読んだ中村よおさんの『肴のある旅 神戸居酒屋巡回記』(2006年・創元社)は地元関西のお店への憧れを感じさせてくれた本だ。
神戸を中心に関西の飲み屋が一章に一件ずつ紹介されている。酒場とのつきあい方を教えてくれた本だ。中村よおさん自身も「酒場の先輩たちの飲み方を横目で睨みながら、ただただ腹を膨らせ酔っ払うのではない、酒とあてとその場の空気が織りなす絶妙な味を覚えていった」と書かれている。ハレとケでいうとその中間にある日常の延長線上にある酒場との付き合い方。最初に紹介される八島食堂中店という「旨い酒とあて、そして長年にわたって筋金入りの酒好きの先輩たちが作り上げてきた店」。よおさんは「一人で行くと瓶ビールで湯豆腐、ネギ玉かニラレバをたのんで酒にして、そして納豆。(中略)そして千円ちょっと払って帰る。」こんな店が近くにあったら最高だろう。その文章の締めに書かれた下記の一文。「前は酒が飲みたくて八島に来た。今は八島へ来たくてここに来る。」
素晴らしい。もちろん八島というお店に行きたくなるのだが、それ以上にそんなお店を持てる人生とは素敵だな、と思うのだ。また本書は、震災から街が、人がどのように立ち上がるのかという記録でもある。何度も読み返す一冊だ。
素晴らしい。もちろん八島というお店に行きたくなるのだが、それ以上にそんなお店を持てる人生とは素敵だな、と思うのだ。また本書は、震災から街が、人がどのように立ち上がるのかという記録でもある。何度も読み返す一冊だ。
そして、もう一冊。関西の酒場について書かれた素晴らしい本が出版されたので紹介したい。スズキナオさんの『関西酒場のろのろ日記』(2020年・Pヴァイン)だ。
ここのところ出版ラッシュのスズキナオさん。2014年に東京から大阪に引っ越したナオさんが関西の酒場を訪れ、戸惑い翻弄され圧倒された記録だ。初めて入る酒場に緊張するように、関西の酒場に対して、緊張をしているナオさん。それが最初に注文したビールに口をつけた瞬間にきもちがほぐれていくように、関西の酒場になじんでいく過程がほほえましい。東京の酒場と比較して、ナオさんは次のように書く。
「関西の酒場に求められているものが「驚愕のコストパフォーマナス」とか「食べログ何点以上の絶品料理」とかよりも、「店のおばちゃんが面白い」とか「なんとなく居心地がいい」みたいな、数値化しにくい価値だからなんじゃないかと思うのだ。電車を乗り継いで名酒場を訪ねるなんて面倒くさいことはせず、いつも行く店のいつも食べるつまみを愛し、そこで生まれる人間関係を面白がるというような。生活の中で自然に出会うような形で酒を楽しんでいるように見える。」
数字という誰にでも理解可能な価値よりも、その人にとっていいお店。自分のとっての居心地のいい店をわかっていることこそ、価値のあることだと思う。この本ではナオさんにとって居心地のいい店の数々が紹介されていて楽しい。例えば関西でめずらしく、おいしいホッピーを飲める店として紹介される江戸幸。ホッピーを注文すると店主自らがホッピーを注いでくれるという。その際のパフォーマンスが次のように書かれる。
「ホッピーが注ぎ終わるタイミングで必ず「はーい、上手に入れればぁ、小指がピーン!」と言いながら指を立てるパフォーマンスが行われ、冷静に考えると意味がわからないのだが、いつも笑ってしまう。」
ここの「冷静に考えると意味がわからないのだが、いつも笑ってしまう。」という箇所はある種、酒場の本質を表しているように思う(言い過ぎかな?)。そんな瞬間が酒場にはあふれている。その後に続く、
「「なんかした方がおもろいやん」と理由で始まったというこの一連の流れが気分を高めてくれるからか、江戸幸に来たときはいつもかなり酔っ払う。」
というところもいいなあ、と思う。
というところもいいなあ、と思う。
この本をガイドブック的に読むことは可能だが、そうでなく、酒場とのつきあい方を教えてくれる本だ。さらに、酒場だけでなく自分にとって居心地のよいものをわかっているスズキナオさんの文章に惹かれるのだと思う。
エッセイ集『酒ともやしと横になる私』(2020年・シカク出版)は、基本的にくだらないことが書かれているのだが、とても心地よくて、楽しい一冊だ。そちらもおすすめです。
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