広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.109
蔦屋書店・江藤のオススメ『雲を紡ぐ』 伊吹有喜/文藝春秋
2020年が始まったばかりだと言うのに、出会ってしまいました。
今年のベストと言えるこの作品に。
年に数回こう思う時がある。
「あー、こういう本に出会いたくて僕は本を読んでいるんだな」
仕事柄、読んでいる本の冊数はかなり多い方だと思います。
そうなると、かなりレベルの高い良い本を読んでも、「なるほど、この本はなかなか良いじゃないか。」ぐらいの冷めた感想しか持てないという悲しい体になってしまうんです。
読み過ぎの弊害かも知れません。
そんな僕がめちゃくちゃ感動して、この本に出会えて本当によかった!と叫びたくなったのが今回紹介する『雲を紡ぐ』です。
しつこいようですが、本当に素晴らしい読書体験でした。
読んでいる間の時間がとても幸せで、なんて言ったらいいんでしょうか、読んでいる時は、甘くてフワフワしてて優しいお菓子を食べているような気持ちでした。
物語の世界にどっぷり浸かってはまり込んで他が見えないような、本に夢中になっていた子どもの時のような、それはもう幸せとしか言いようのない時間を過ごしました。
物語の主人公は、学校にいけなくなってしまった高校生の女の子、美緒。
彼女は、小さい頃から大好きな赤いショールがあり、これにくるまっている時には心から安心できます。
母親は口うるさく、父親とはどう接していいかわからない。
そんな彼女は、ある日家を飛び出して、盛岡の祖父の家に逃げ込むのです。
実は赤いショールは祖父母からの贈り物で、祖父は今でもホームスパンと呼ばれる毛織物を作る職人です。
祖父の家で過ごすうちに、美緒は自分でもホームスパンを作ってみたいと考えるようになるのです。
この物語には様々な人物が登場するのですが、読者がその誰に心を寄せるかによって、またこの物語の味わいが変わるのではないかと思います。
高校生の女の子。娘が心配なのに気持ちのコントロールがうまくいかないお母さん。娘とどう接していいかよくわからないお父さん。妻を亡くした職人の祖父。ホームスパンの工房で美緒に指導する女性。その女性の息子は工房の仕事を継ぐかどうか迷いを持っています。
など、登場する人物は様々な一面を持っていますが、総じて誰もが魅力的です。
本を読んでいる間ずっと一緒に居たせいで、まるで知り合いのような気持ちになってしまうので、物語の中の出来事が、もう他人事じゃなくなってしまいます。
登場人物の中でも、僕の一番のおすすめは、ホームスパン職人の祖父です。
彼は、学者肌で、趣味人で、センスもよく、そして最高の職人です。
しかも、優しい。
美緒にかける言葉がどれもこれも素晴らしく、この言葉だけをノートに書き出して、何度も読み返したくなるほどです。
いろいろな本の中でいろんな人物に出会ってきましたが、その中でもかなり上位に来る好きなキャラクターになりました。
さらにもう一つ、特に書いておきたいのは「ホームスパン」の魅力です。
羊毛を全て手仕事で、洗い、染め、紡ぎ、織り上げた布です。
元々はイギリスで始まったものが、明治時代に日本に入ってきたそうです。
その伝統的な手仕事が、岩手県では今でも残っていて、そこで作られる布は、大事に手入れをしながら使っていくと10年20年と経つうちに熟成し、育っていくそうです。
このホームスパンの描写がものすごく良い!
読めば読むほど、どんな肌触りなんだろう、どんな発色なんだろう、あったかいんだろうな、柔らかいんだろうな、と空想が止まりません。
気持ちが止まらなくなって、ネットで検索してみたのですが、手仕事で作られるものなのでどこでも販売しているようなものではありません。
しかも、良いものだから当然ですが、値段も安くはありません。
ポワーンとした頭でそれを手に入れた自分を妄想するばかりです。
おっと、すいません、ホームスパンに興奮しすぎてしまいました。
この物語は、世代を超えて受け継がれていく布「ホームスパン」を通して、家族の形を問います。
親から子へ、祖父母から孫へ。
しかし「家族の時間」というのは思うよりも短い。
そんな切なさもこの物語で語られますが、だからこその「家族の時間」の尊さを、美しく優しい筆致で語ります。
あたたかくて、優しくて、切なくて、悲しさもある。
でも世代は受け継ぐものだから、いつでも若いものが立ち上がる。
そこにたくましさと希望が感じられる。
もう一回言っても良いですか?
「あーーー!こんな本に出会えるから、本を読むのはやめられないんだよ!」
追記
どうしても我慢できなくて、ホームスパンのマフラー買ってしまいました。
軽くて暖かくてふわふわで最高です。
一生大事に使います。
ホームスパンに出会わせてくれてありがとうございました。
【Vol.106 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『ダイエット幻想 やせること、愛されること』】