広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.120
蔦屋書店・江藤のオススメ『雪と心臓』生馬直樹/集英社
誰かが死ぬと悲しい。
なぜ?
二度とその人に会えないから。
二度とその人の声は聞けないし、話を聞くことも出来なくなる。
誰かの死が、生きている誰かに、ある決定的な衝撃を与える。
そしてその衝撃がその人の人生を大きく変えてしまうことがある。
まさに今、そんなことを嫌でも実感してしまう日々を私たちは過ごしている。
雪の降るクリスマスの夜、ある家が大きな炎につつまれた。
家の中に取り残された10歳の娘の名前を呼び続ける母親。
その時突然現れた20代後半の男性。
彼は燃えさかる家に飛び込む。
娘を抱えて戻ってくる。
しかしー。
彼はそのまま少女を自分の車に乗せ連れ去ってしまう。
追うパトカー。走り去る車。
いったいなにが起こっているのか。
こんなプロローグから始まる。
そして、その後に続くのは、ある双子の物語。
自由で無鉄砲で孤立を恐れず我が道を突き進む姉と、そんな姉に振り回される弟。
弟を主人公とした物語は、舞台を変えつつ語られていく。
小学生から中学生へ、そして高校生に。
弟を主役として語られる物語の中に出てくる姉は、非常にやっかいで、扱いに困るのだが、はたから見ると、とんでもなく魅力的でもある。
でも、当事者にはなりたくないが。
このいわゆる思い出話は、本当に読み応えがある。
子どもの無邪気さとその中にある気高さ。
成長期にある少年の瑞々しさ、青春と恋。
彼からみた姉の無鉄砲さと、その孤高の生き方がまたたまらない。
正直、この思い出話をずっと読んでいたくなる。
しかし、この思い出話はある悲劇に向かって突き進む。
それは、止めることはできない。
いままで、楽しくも美しい青春小説を読んでいたと思っていた読者は、大きな矛盾を感じることになるだろう。
その矛盾と違和感こそが、この小説に施された仕掛けなのだ。
全てを読み終わった読者は、大いなる驚きで、この物語の全体像を一瞬見失ってしまうかもしれない。実際、私もあまりの驚きで、この物語を見誤っていた。
だがしかし、冷静になってもう一度この物語全体を読み直して欲しい。
そのとき、私たちは、主人公である彼と一体化するのだ。
彼と同じ時間を共有し、同じプロセスをたどり、結末へいたる。
これはただの青春ミステリーではない。
この本を読む私たちは「彼になる」のだ。
その時読者は、最初に読了した時とは違った「なにか」を感じるはずだ。
人は必ず死ぬ。
しかし、その死因やタイミングよって。
その死が誰かに与える影響は全く違ったものになる。
この物語を読むことは、そんな考えてみれば当たり前のことを、もう一度考えるきっかけになるだろう。
今私たちは、それをあまりにもリアルに感じられる時に生きている。
望むと望まざるとに関わりなく。
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