広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.132
蔦屋書店・丑番のオススメ『文豪春秋』ドリヤス工場 /文藝春秋
あまり大きな声では言えないけれど、ゴシップ・スキャンダルが好きだ。
伊藤整の『日本文壇史』(講談社文芸文庫・絶版)は作家のゴシップ山盛りの名著だ。文壇という言葉は、いまでは聞かなくなってしまったが、作家たちを取り巻く世界のこと。日本文学史でなく日本文壇史というのがポイントだ。
作品だけで、文学を捉える立場が文学史であるとすれば、作家とその作家の生き方に焦点をあてたのが、文壇史だと言うことができる。文壇史は面白い。なぜって、小説を書こうとするような、人の道を踏み外した人たちの行状が面白くないわけはないだろう。嫉妬や恨みつらみ恋愛から刃傷沙汰までゴシップ・スキャンダルがてんこ盛りだ。
文壇ゴシップに飢えているわたしに癒やしとなった1冊を紹介したい。純文学誌『文學界』に連載されていたマンガ『文豪春秋』である。文豪たちの知られざるゴシップ・スキャンダルが30話描かれている。
作家の私生活を知る意味とはなんだろう。
例えば石川啄木を例に考えてみたい。啄木との最初の出会いが教科書であったという人は多いだろう。例えば『一握の砂』(新潮文庫)の有名な一首。
たはむれに 母を背負ひて そのあまり 軽きに泣きて 三歩あゆまず
あ、親孝行な人だなとか、苦労しているんだな、などと思う。教科書に載っていた啄木の七三分けのポートレイトをみると純朴な人だったんだろうなとも思う。
しかしこの歌が全くのフィクションだったとしたらどうだろう。
本書でも啄木のとんでもエピソードが紹介されている。
嘘と借金を重ねた生涯。しかもその借金も浅草の娼妓との遊興費に消えていたという。その事実を赤裸々に書いた『ローマ字日記』(岩波文庫)。日記をローマ字で書いた理由は妻に読ませたくなかったからとされるが、教育を受けた妻はローマ字が読めたと考えられている。
この事実を知ると、俄然啄木が読みたくなる。
実際に親孝行をしていたひとが書いた歌よりも、親孝行ができなくて、借金を重ねて、その借金が遊興費に消えていくひと。その目を背けたくなるような現実をフィクションに昇華させる。文学っていうのはそういうものじゃないだろうか。
また、妻に読ませたくないといいつつ、妻が読めるローマ字で書かれた日記。この二人の関係はどのようなものだったのだろう。
ここで先ほどの問いに答えたい。
作家の私生活を知る意味のひとつは、その作品にふれようというきっかけになるからだ。本書の30のエピソードを読めば、この作家の本を読んだみたいと思う作家が一人はいるはずだ。
また、めちゃめちゃ字が多いのがこのマンガの特徴で、それぞれの作家の書いた著書や手紙などから引用されている部分がとてもよいのだ。さらさらと書かれているように見えて恐ろしくコストのかかっているマンガだ。
続編も読んでみたい。