広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.111

蔦屋書店・神崎のオススメ『出家とその弟子』倉田百三 著/新潮文庫

 

 顔蔽いせる者 お前は何者じゃ。

 人間     私は人間でございます。

 顔蔽いせる者 では「死ぬるもの」じゃな。

 

『出家とその弟子』は浄土真宗の宗祖親鸞と弟子の唯円、親鸞の息子の善鸞の3人の心の葛藤を通して、人間の弱さや赦(ゆる)しを描いた序曲と六幕からなる戯曲である。

 

浄土真宗では人間は生まれながらに罪を背負った悪人であり、罪があるために人間は「死ぬるもの」である。その悪人こそが救われなければならないと説く。善を積み、ひたすら仏を信じることで仏の赦しを得て極楽浄土へ往くことができるのだ。

 

宗祖である親鸞は「誰も裁かない」「全てを赦す」ことで自身と向き合い、極楽浄土を説いてきた。が、自分が悪人であるという思いが消えることはなく、死期が近づくにつれ死への不安が募る。

唯円は縁あって親鸞の弟子となり、一心に仏に仕えていたが、遊女への思いに心が乱れ、信心と恋心の間で悩み苦しむ。

善鸞は仏を信じることができず、父親鸞に反抗する形で放蕩し勘当されている。親鸞の臨終間際に和解するが、「仏様を信じるか」との問いに「わかりません」と答える。

親鸞、唯円、善鸞の3人から感じるのは、人間の罪や悪よりも弱さだ。ふとしたことで心乱れ、悩み、迷う。弱いから確かなもの、揺るぎないものを求める。本書ではそれが極楽浄土や仏への信心、赦しだ。ひたすら求めても悩みや迷いは消えない。

読み終えてなぜ人間はこんなにも弱いのだろうかと思う。「死ぬるもの」だからだろうか。生の先に死を感じているからだろうか。もし「死ぬるもの」でないとしたら、永遠の命があるとしたら、人間はもっと強くあるのだろうか。

 

『出家とその弟子』は大正5(1917)年に書かれた。時代はどんどん変わるが、人間は何も変わらない。弱いままだ。だからこの作品も色褪せることはない。

 

 

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