広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.286『黄金比の縁』石田夏穂 /集英社
蔦屋書店・中渡瀬のオススメ『黄金比の縁』石田夏穂 /集英社
石田夏穂さんの新刊が出たので、いそいそと売り場へ買いに行きました。帯の情報からして、就活をテーマに採用する側から描かれたストーリーだと分かります。バーンと「会社の不利益になる人間を採る」とあり、不穏極まりない。好物の予感がして一気読みしました。
どんなお話かというと。会社員である小野は入社当初は花形部署にいました。けれど思いもしないことで「会社の不利益になる」人間と見なされてしまいます。人事部への異動を余儀なくされ新卒採用担当となります。処遇を不当に感じた彼女は誓うのです。担当として、優秀な人材を逃がしてダメな人間を採り自社の企業価値を低めることで復讐する、と。危ない感じがしますね。
復讐を決意したものの実際の選考となると、使えない人間の選出は、できる人間のそれと同義なわけで真面目な作業です。見極めが難しい。同じ採用チームのメンバーでも、学歴や語学力、学生の間に注力したことなど評価ポイントが分かれます。フィーリングや勘に頼りがちで公正性も客観性もない。小野は「歴とした」評価軸を探ります。曖昧さを排除し、判断の根拠を追究するのです。復讐が目的といえど、突き詰めて考える姿勢には真っ当さを感じてしまいます。
小野は最終的に「会社に与える最大の損害=自己都合退職」と結論付けるのですが、そこに至るまでに費やす時間や試行錯誤のエネルギーがものすごい。そしてついに発見するのです。「とっとと辞める秀才」を選別する評価軸を。それがこの本のタイトルにつながってきます。
こんな怨念めいた小野の真剣さを書いた小説なのに、怖くないのが不思議です。どうしてなんだろうと考えるに、この小説が、人が人をジャッジする行為への疑いを前提に書かれているからなんだろうと思います。石田さんはインタビュー記事で、人間が人間を選ぶことについて「胡散臭い」と言われており、作中では小野に「採用活動は単なる詐欺行為だ」と語らせています。面接をパスする基準なんてものはそもそも釈然としないのだというメッセージがあるから、とことんやろうとする小野の言動がかえってユーモラスに感じられるのかなぁ。違うか。
それと、言葉にまぶされた形容がとてもおもしろいです。こちらに真っ直ぐに向かってくる様を「鮭の産卵さながら」とか、雑に丸められたポスターを「チャンバラでもしたのかという有様」とか。「コロ助にそっくりな黄色い声」「埼玉県さいたま市のように縮こまっている」「人間ドック同様新卒採用など年に一回で十分である」「道徳の教科書のように正しいが詰まらない」など、散りばめられた修飾表現にフッと笑わされ、不穏さが和らぐように感じます。
このお話を読みながら、ずっと自分の就活体験をなぞっていました。当時この本を読んでいたら、ほんの少しだけ楽になっていたかもなんて思いながら。面接の結果は正当な判断によるものだと信じて疑わなかったから、あんなにしんどかったのだろうか。今振り返れば、頭でっかちで薄っぺらく自意識の塊のような者を誰が採るんだと、当然の結果として「不採用」を受け入れることができます。けれど当時は面接に落ちまくり「不要」というジャッジを真正面からくらって瀕死でした。槇原敬之さんの歌詞「ビルの間きゅうくつそうに落ちて行く夕陽に焦る気持ち溶かして行こう」が身に沁みていたあの頃。精一杯虚勢を張って面接に挑んでいました。あまりの実のなさに、ハッとします。自分を含め面接を受ける学生たちだってわりと、というか相当に胡散臭いですね!?
そういえば、就活をテーマに売り手側からの視点で書かれた小説に朝井リョウさんの「何者」があります。学生たちの嘘くささ(当人たちはいたって本気なのですが)に触れたい方には、こちらををお勧めします。余談でした。
昨今の就活事情を知りませんが、就職を希望する学生さんたちは活動真っ只中なんでしょうか。もう少し先の話ですか?就活をしていると、厳しくてしんどいことも多いはず。そんな時は、この色々と疑わしい就活(胡散臭いVS胡散臭い)について、ちょっと俯瞰してみてはどうでしょう。そしてこの泥臭い対峙を笑い、肩の力を抜いてみてください。