広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.255『ハッピークラシー 「幸せ」願望に支配される日常』エドガー・カバナス、エヴァ・イールズ著、高里ひろ訳/みすず書房
蔦屋書店・丑番のオススメ『ハッピークラシー 「幸せ」願望に支配される日常』エドガー・カバナス、エヴァ・イールズ著、高里ひろ訳/みすず書房
国連による「世界幸福度報告書」が毎年3月に発表されています。2022年の日本の幸福度ランキングは54位。世界156カ国の調査なので、順位としては中間グループに位置するといえます。先進国の中では下位にあたります。毎年ニュースになっていて、そんなものなのかなと、何となく受け入れていましたが、本書『ハッピークラシー』を読んで、その報告に少し疑問を感じました。
それは、この調査が前提としているのは、「幸せ」という概念が定まったものとして、世界的に共有されていて、それが、定量的に測定ができ、空間的にも時系列的にも比較が可能というものです。「幸せ」という価値観はどの国でも同じものではない気がします。日本より「幸せ」ポイントが0.1ポイント高い国はもっと「幸せ」で、日本の「幸せ」ポイントが6.1から6.5になったら、わたしたちはより「幸せ」になったのでしょうか?さらには、「幸せ」とは誰もが目指すべきものという価値観も内包されているとも言えます。
本書『ハッピークラシー』は「幸せ」を求める心理学の一分野、ポジティブ心理学への批判です。ポジティブ心理学とは90年代末に創設され、科学的に「幸せ」を捉えようとした学問です。成功者が個人的な経験をもとに「幸せ」を謳う自己啓発書とは異なり、心理学者が心理実験や大規模な調査、ビッグデータを駆使して、「幸せ」というものを明らかにしていきました。そして、それは新自由主義経済や自己責任社会に相性がよく、グローバル企業や政府に取り入れられていったといいます。
ポジティブ心理学では、「幸せ」は自明な善きものと位置づけられています。また、「幸せ」は自分自身でコントロールできる、と考えられています。すなわち、社会的な状況は「幸せ」には影響せず、「幸せ」は常に個人的なものとして認識がされるのです。「幸せ」も「不幸せ」もすべて、自分次第。こうした捉え方は社会構造の問題から目を逸らさせることに好都合で、すべてを自己責任へと押し付けていきます。
例えば社会における経済的な不平等については、途上国においては、「幸せ」にはプラスに働くといいます。不平等が大きければ大きいほど、自分もいつか成功できるはずだ、という希望として働くそうです。それならば政府は、不平等は放置していてもいいのでしょうか。「幸せ」についての考え方が社会構造の問題点を隠蔽することに働いていないでしょうか?
また、「幸せ」は自分次第という考え方は個人を際限のない規律へと向かわせます。この社会が望む自己へと自分自身を規律訓練していく。自己啓発、自分らしさ探し、自己管理。ポジティブな言葉が望まれ、ネガティブな感情は否定されます。本書で紹介されている、ポジティブ心理学の面白い研究があります。仕事で成功する人はどんな人か調べた調査で、「幸せ」な人が成功するという結果が出たそうです。成功するためには、まず「幸せ」にならなくてはいけない。桂枝雀の「お金を貯めるためには、まずお金を貯めなければなりません」を思い出させます。「幸せになるためには、まず幸せにならなくてはなりません」。
本書のタイトル『ハッピークラシー』は「幸せHappy」による「支配-cracy」を意味する造語です。誰もが「幸せ」をめざすべき、という一見すると自明の価値観から、社会を考えさせる好著です。
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