広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.75

蔦屋書店・犬丸のオススメ 『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』イ・ミンギョン 著 すんみ・小山内園子 訳 /タバブックス

 

 

ある「コト」に対して、名前を付けることは重要だ。「コト」にはカタチが無い。あるのに見えなかった「コト」が、名前を付けることによって姿を現し、それについて考える場が生まれる。

「フェミニズム」「ミソジニー」「セクシャルハラスメント」なども、女性に対する「コト」から名付けられ、考える場ができた。

 

本書は、2016年5月17日、ソウルの繁華街・江南で起きた殺人事件を契機に書かれている。ある男性が女子トイレで無作為に選んだ女性を殺害。多くの女性が「ただ女性であるだけで殺された」と女性への暴力を問題視し、多くの男性は「事件は女性嫌悪(ミソジニー)による殺人ではない」と主張し大きな議論へと発展。

その後、韓国ではフェミニズム運動が社会の大きなうねりとなっている。

 

身体的な暴力は許されない行為だ。それが、弱者に対する暴力であればなおさらだ。そして、身体的に傷つけられるばかりが暴力ではない。心もまた様々な暴力によって抑圧される。

 

なにげなく過ごしている日常の中で、急に息苦しく、不自由に感じるときがある。それは、枠組みに入れられた時だ。カテゴリー分けされたと言い換えてもいい。多くの場合「女性」という枠組みに捉えられてしまう。それが抑圧的であればあるほど「もうこれ以上最悪なことにはならないでほしい」と願いながら、過ぎ去るのを待つ。だが、過ぎ去った後に残るのは何とも言えない苦々しい感情だ。

なぜわたしは、あいまいな表情と返事で答えてしまったのか。なぜ、ことばを失ってしまったのか。意見はあるはずだ。まさか、わたし自身でさえ自らを枠組みに押し込んでしまっているのだろうか。なんだか、おかしいぞ。

 

その時の事を振り返る。一番の問題は、抑圧されている時、意見を言う事すら認められない。顔すらないただの「モノ」となってしまう。そして、なぜそれが問題なのか説明だけを求められる。解ってもらうのに、なぜ自らの心まで削らなければいけないのか。

 

そんな暴力に対してどう対処していけばいいのか、本書は教えてくれる。

会話のマニュアル風に書かれた本書には、シチュエーションはそれぞれだろうが、「あるある」なことばが並ぶ。

 

 

「どうでもいいだろう」

「被害妄想じゃないか」

「極端すぎるだろう」

「おおげさだな」

「こっちから見たらちがうけどな」

 

 

読み進めながら自分の経験を思い出し、「あの時感じたモヤモヤとしたものはこれだったのか」と気づく女性は少なくはないだろう。それを「おかしい」と声を上げている人達が多くいるということにも。なにより「それは、おかしいことなんだ」と声を上げてもいいのだという事にも。

試しに周りの女性に本書を紹介すると、次々と出てくるのは、「わたしは、こういうことを経験した。これって、やっぱりおかしいですよね。」だ。止まらないのだ。耳を疑うものも多い。それが特別なシチュエーションではなく、どれも普段の生活で投げつけられたことばなのだ。いかに多くの女性が、誰かが決めた「女性」という枠組みに押し込められモヤモヤを感じながらも、それに対して黙り込んでしまっているのかを感じる。

 

本書は、国も文化も違うお隣の国の出来事が書かれているのではない。ひとりの女性が、全ての人に向け、声を発しているのだ。

そして、日頃のモヤモヤにフェミニズムという名を与え、行動することを考えるための一冊となるだろう。

次世代の女性のためにも。

 

 

 

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