広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.59
【蔦屋書店・花村のオススメ 『あふれでたのはやさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』寮美千子・西日本出版社】
皆さんは、本屋さんは好きですか?書店員の私が言うのもなんですが、私は大好きです。
休みの日には、気になった本屋さんに行ってぶらぶら店内を歩いて、左手と直感でなんとなく本を手に取ります。
なんでも左手と右脳は繋がってるらしく「自分が求めてる本を無意識が選んでくれる」のだそう。
今回私の紹介する本は、そんな私の左手君が選んでくれた本です。
舞台の場所は奈良。
昔の建物や雰囲気をそのまま残す、きれいな街。
そんな街に惹かれて移り住んできた絵本作家さんが、著者の寮美千子さんです。
きれいな街並で、ひときわ目を引く建物がありました。
レンガ建ての西洋風の大きな建物。
そこは「奈良少年刑務所」と呼ばれる現役の刑務所でした。
ある日「更正展」という刑務所が一般公開される日が来ました。そこに参加したご縁で、刑務所の方からお仕事の依頼が来ます。
「社会性涵養(かんよう)プログラム」という新しい教育をしたい。その講師として参加してください。との事。
少年刑務所の受刑者は、すさまじく劣悪な環境で育ち、心が育つ前に生存本能で重い罪を犯した子供達でした。
日本では未成年は、少年法が適用される罪であれば少年院へ。
そして少年法では扱いきれない重い罪を犯した子供は大人と同じ刑が適用され少年刑務所に収監されます。
人として扱われた事がない。
だから人との関わり方が分からない。
自分を封じる、暴力で接する、自分を極端に雑に扱う。
全ては、自分を守るために造った鎧。
そんな子供達の心を育てて自立して社会に送り出してあげたい。
今までのような「教導、指導、懲罰」の教育方針は、彼らの育った環境と何も変わらない。
だから安心できる環境で、水が土に自然に染み込むように、育てていきたい。
「あの子たちは、加害者であるずっと前から被害者なのです。」
と責任者の方は語ります。
前例もない、カリキュラムもない、何もかもが手探りのプロジェクト。
でも寮さんは、責任者の方の熱意に押され
「詩を創る授業」の講師になります。
プログラムは三つの柱で成り立っていて、
「社会生活を送る上で、必ず訪れる状況(買い物、バスに乗る等)をロールプレイで練習する」授業
「絵を書いて、自分を表現する」授業
そして寮さんの担当する「詩を書き、自分を表現する」授業
そんな授業風景の一部を紹介します。
「くも」
「空が青いから白をえらんだのです。」
「せ、先生、ぼく…話したい事があるんです。話していいですか?」
E君の心の扉が開いた瞬間だった。
最初のひと言は、いまでも耳にはっきり残っている。
「ぼくのおかあさんは、今年で七回忌です。」
著者の前々作の表題になった、この1行の詩。
実はこの本、続編なのです。
前々作は、詩がフューチャーされ、今作は寮さん本人の心情と授業の臨場感がフューチャーされています。
この彼をめぐる物語は、私が一番心を動かされました。
頑なに心を閉じていた彼が、どうやって心を開いたのか。
そして、生まれて初めて他者に語る想いとは、なんなのか。
そして彼の想いを乗せた詩は、どのように仲間たちの心に響いたのか。
続きは、読んで生で感じてほしいです。
1度も耕された事の無い荒野。それを耕し、水が自然に染み渡り、芽吹いた時。
「あふれでたのはやさしさだった」
そんな彼らの純粋でまっすぐな詩。
その言葉の力とやさしさで、劇的に羽化していく子供達。
常に気を配り、子供達が安心できて、心を解放する場を全力で創る優しい大人たち。
生まれて初めて他者に心を開いた瞬間。
外側の世界に受け入れられた時。
その魂の叫び。
そこから紡ぎ出される輝くような詩。
そんな小さな光が散りばめられた、宝石のような本です。
しかしただ綺麗なだけではないのです。
心を開いた瞬間、情緒の生まれた瞬間、自らの罪の重さに押し潰される子供も…。
もし私が彼らと同じ環境で育っていたら、同じ道を選ばないと言えるのかな。
だとしたら本当に悪いのは誰なのかな。
彼らの痛々しいほど真っ直ぐな詩は、そんな「人間とは」という複雑な問いを直球で投げかけてきます。
子供に触れ、関わる全ての人たち。
とても忙しくて「優しさってなっだっけ?」ってなってる人たち。
「犯罪者」と「優しい」という言葉がどうしても繋がらない人たち。
たくさんの人に読んで欲しい本です。
ぜひ彼らの物語に触れてみてください。
彼らの詩は、心に染み渡ります。
…元気になりたい!と思う人が読む時は、人前では読まないでくださいね!
やさしさと、顔中から水分があふれでます(笑)
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