広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.24
【蔦屋書店・丑番のオススメ 『告白』町田康/中央公論新社】
考えていることを、そのまま口に出せる人がいる。
わたしが大学生だったとき、顔見知りくらいのレベルの同級生と一緒に駅まで歩くことになった。会話をなんとか、必死に成り立たせていたのだが、その同級生が会話の流れとは関係なく、突然、焼き鳥食べたい、とそこそこ大きな声でいったのだ。ふつうに考えると、焼き鳥食べに行こうというお誘いであり、わたしもそう思い、いまでさえしんどいのに焼き鳥を食べながら話を持続させることなどできないし、そもそも焼き鳥食べたくないし、どうしょう?でも、なんで誘ってくるのかなぁ?わたしともう少し距離をつめたいと思っている?それだったら、断り方というのがあるし、もしかしたら、「しばづけ食べたい」の聞き間違いじゃないよな、と頭の中でぐるぐる考えている間に、その同級生は別の話を始めていた。えっ、何?
あとから考えると、その同級生は「考えていることをそのまま口に出せる人」でただ純粋に焼き鳥を食べたいと思ったからそれを口に出しただけだったのだろう。思いと言葉がつながっている。ちょっとつながりすぎ、な気もするけれど。
一方で思いと言葉がつながらない人がいる。
『告白』の主人公熊太郎も思いと言葉のつながらない人だ。過剰に思索的で考えていることを伝える言葉を持っていない。頭の中で言葉にならない言葉がどうどうめぐりをしている。思いと行動が乖離している。村の人たちは百姓としての言葉をもち、農村という共同体の中で、それぞれの役割を果たして暮らしている。熊太郎は思いを伝えられないため、村人たちから嘲られ、共同体の中で役割を見つけられず、半端な極道者に身をやつしている。
熊太郎は生まれる場所と生まれる時代を間違えてしまった人だ。熊太郎がたどる悲劇を、作者は、笑いと怒りを交えて描く。愛情を持って。思いと言葉がつながらない人にこそ、社会の中に居場所が見つけられない人にこそ、文学というものが必要なのだという確信とともに。
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