広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.18
【蔦屋書店・西倉のオススメ 『黒猫の三角』森博嗣/講談社文庫】
「私は人が死ぬ本が好きです」と言うと大抵の人は驚きます。「人が死ぬ」とはミステリ小説のことです。
そして、「何故ミステリ小説が好きなの?」と聞かれたことがあります。
その答えに窮しますが、
私にとって読書とは、何かを得ようとする時間ではなく、ただ読書の体験をする時間。純粋に読書を楽しむ時間。
だから、特にミステリの中でも現実的ではない本格ミステリや猟奇的な殺人ミステリを好んで読みます。 でも、そう言う作品からも無意識の内に何かを得ているのかもしれませんね。
だけど…
森博嗣という作家をご存知でしょうか。名前は知ってるけど、作品は読んだことがないという方も多いと思います。
森作品は多岐にわたり、ミステリ小説を始め、SF小説、エッセイ、詩集等数多く手がけています。ミステリ小説は理系ミステリと評され、難解な数学問題を提示されていることが多くあります。そして、森博嗣の最大の魅力は名言とも格言とも言える言葉の数々や、生と死をどこか哲学的に描いているところです。
読書で何かを得ようとしていないと言った私ですが、森博嗣の作品、森博嗣の言葉は心の中に持ち帰ります。
もちろんミステリ小説としても十分面白いのですが、それ以上に惹きつけられる言葉を見つけると、思わずノートへ書き写しています。そして、そのノートを読み返し言葉の意味を考えます。
ご紹介する本は、森博嗣の"V"シリーズ第1作目。『黒猫の三角』
諸説あるけれど、ミステリ小説とは「発端の不可思議性」「意外な結末」とも言われています。「発端の不可思議性」とは最初に奇妙な事件や謎を提示して読者を引きつけること。
本作も序章から違和感を覚え、意外な結末に導かれていきます。トリックそのものはアンフェアな気もするけれど、それでもやっぱり面白い。そして、柔軟さに欠けてる自分に気づかされる。
殺人の動機は不明確ゆえ不気味さがありますが私好みの動機で、探偵役がトリックをあばき、犯人が動機を語る会話にぐっと惹きつけられました。
ミステリ小説の紹介は程々にしないとトリックまで語りそうになるので、その辺のさじ加減が難しい…あまり多くは語れません。
森博嗣は言葉の選び方が秀逸です。本作の中で死や殺人について主人公にこう語らせています。
「遊びで殺すのが一番健全だぞ。仕事で殺すとか、勉強のために殺すとか、病気を直すためだとか、腹が減っていたからとか、そういう理由よりは、ずっと普通だ」と、ここだけを引用してしまえば顔をしかめてしまうでしょう。でも、その先を読み進めていくと、妙に納得してしまうんです。
「復讐などの理由の方が心情的に理解ができる」という言葉に対して、主人公は「殺人者の心境が想像の範囲内であることの方が不健全ではないか。それでは、自分もいつか人を殺したくなるかもしれない、と思って落ち着けるというのか?それよりは、遊びで殺した、全然理解できない、で済ませる方が私は安心だ 」過激ですが……そう、森作品の言葉には共感までではなくとも、反論する言葉がみつからない。そんな言葉もたくさんあります。そこが森博嗣の魅力の一つでもあります。
本作でも心に残る名言、持ち帰った言葉たちがあります。お気に入りの一つに「貴方は、言葉を駆使して、自分の歩いてきた道の舗装をされているだけよ。貴方は、後ろ向きに掃除をしているだけ」何となく心に引っかかって、その部分を何度か読み返しました。
人それぞれ読み取り方はあると思います。
私は舗装や掃除は「言い訳」という意味で捉えました。話しの前後はありますが「だからいつまでも自分を慰めるのではなく、言い訳をせず前を向いて」と言う意味ではないかと…深いです。
胸に刺さる言葉と言うものは、自分がその時に欲しかった言葉、その状況に近い心情である時。だから、この言葉を持ち帰った時、私は少し後ろ向きだったのかもしれません。
本の紹介と言うよりも、森博嗣の紹介になってしまいましたが…
私は事あるごとに(フェア等)、森博嗣の作品を関連付けては置いています。
ジャンルも幅広く、その作品も膨大な量で全てを読み尽くしていない私が、森博嗣を語って良いのか、とためらいましたが、この場で森博嗣を語るのは私しかいない!と思い直し、今こうして筆を執っています。
森作品を読まれたら、きっとその世界観に魅了されるでしょう。そして、胸に刺さる言葉が見つかる筈です。
私が蔦屋書店にいる限り、森作品の面陳がなくなることはありません。
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