広島 蔦屋書店が選ぶ本 Vol.14
【蔦屋書店・植野のオススメ 『見えない涙』若松英輔 / 亜紀書房】
詩集を読んだことはありますか?
私が読み始めたのは書店員になったころからなので最近です。詩集の装丁はどれもきれいで思わず手に取ってしまいます。好きな詩集はいつでも読めるようにリビングルームへ。ふとした隙間時間に読みたくなったりするのです。
今回私が紹介する本は、若松英輔さんの詩集『見えない涙』です。
若松英輔さんを簡単にご紹介いたします。
若松英輔さんは作家としては2007年「越智保夫とその時代求道の文学」にて三田文学新人賞を受賞されています。作家として活躍されながらNHKのラジオ講座にも出演されたり、「読むと書く」という講座の主催者でもあります。でも、生業とされているのは薬草商だそうで、もう創業して15年になるとのことです。
そんな若松英輔さんの、初めての詩集が『見えない涙』です。
この詩集を見つけた時、迷わず手に取りました。なぜでしょう。きれいな白い表紙に惹かれたのかもしれません大切なものをみつけたような…。そんな宝箱を開ける前のような少しの緊張感の中でページを開いていきました。
「燈火」という詩から始まります。
遺された人の人生はどんなに悲しくても続いてゆく。
一緒に生きていきたいのに、大切な人はもういない。
その人を想う一途さに胸がいっぱいになります。
次の詩は「風の電話」
海が見える高台に配線の切れた黒電話。受話器をとっても何も聞こえない。訪れる人は亡き者たちにむかって話しかけようとする。
《人が何かを語るのは伝えたいことがあるからではなく伝えきれない事があるからだ。》
何度もここだけを読み返します。人が言葉で伝えられる想いってどれだけあるのだろう。見たことのない場所に連れていかれたような気持ちになります。
そして「薬草」という詩の一節では
《すぐれた農夫は樹木に実った果実をぜんぶ収穫したりしない 二割ほど 枝に残して大地に返す そうしないと土が痩せていってしまう 言葉も同じ 大切な気持ちもすべてを書かずにそっと心に還す すると ある日 予期せぬ姿となって戻ってくる》
と、あります。心の奥に何か温かいものが広がってゆくような、優しい気持ちになりました。
人と語るとき、伝えたい事がある時はいつも正確に届くように、気持ちが伝わるようにと全力で言葉を集めていました。言葉の力を信じているから、大切にしていたし、充分に注意もしてきました。
でも、言葉を道具にしてはいけないのかもしれない。
伝えきれない想いを無理やり言葉にしてはいけない。
言葉にできない想いを、心の奥で感じていなければいけない。
人は本当に悲しい時、言葉を失うこともあります。
見えない涙を流しているから。
若松さんの美しい詩にはいつも胸がいっぱいになります。
それは真摯に言葉と向き合おうとする強い決意を感じるからかもしれません。
命ある言葉が誰かの救いになり、心の奥に静かに届く。
言葉に宿る魂を少しだけ勇気をもって信じてみたら、本当に大切なたった一つの言葉に巡り合えるのかもしれません。
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