広島 蔦屋書店が選ぶ本 Vol.8

【蔦屋書店・江藤のオススメ 『半分世界』

 

「いや、まじすげー。めっちゃくちゃ面白かった。これは天才の仕事だ!」

ご存じでしょうか。出版社はそれぞれレーベルというものを持っています。例えば、今回紹介する本を出している東京創元社には「創元SF文庫」「創元ライブラリ」「ミステリフロンティア」などのレーベルがあります。出版社の中でも、このジャンルはこのレーベルで出るとか、少し特殊なカテゴリーの本が同じレーベルで纏められていたりします。

レーベルで選ぶという本の買い方もありまして、私が好きなレーベルに「ミステリフロンティア」というのがあります。1人の編集者がこつこつと1冊づつ作っていて(現在は編集の方も複数人いらっしゃるそうです)、常に新しいアイデアがあり、ここから出る本はほぼ間違いなく面白いという、私がもっとも信頼しているミステリーレーベルです。

 
さて、今回紹介したいのは、比較的新しい「創元日本SF叢書」というレーベルです。このレーベルからは『盤上の夜』宮内悠介(数々の受賞歴があり、さらには、直木賞候補に3回、芥川賞候補に1回なっているという才能あふれる作家)や、『皆勤の徒』酉島伝法(日本SF大賞を受賞。類書が見あたらない異常に面白い本を書く)など恐ろしいまでの新しい才能を輩出している、皆さんにおすすめしたい、今もっとも注目すべきレーベルです。

そのレーベルからの新刊『半分世界』タイトルと表紙、そして帯を見て即買い、その晩からむさぼるように読んだ感想が冒頭の言葉です。

全くの新人の作品なので、どんな本なのか少し説明をしてみますね。
本書は4つの短編からなる作品集です。

まずは「吉田同名」という短編。会社から帰宅途中の吉田大輔氏(三十代、妻と子1人)が、一瞬にして一九三二九人になった。というお話。
約二万人になった吉田氏を住まわせる場所もなく、二〇〇から六〇〇人ごとに廃病院や廃旅館など五一軒の施設に収容されます。収容先での吉田氏の生活、その終着点とは。
全くあり得ない状況である吉田氏の収容先での生活を緻密に積み上げていくことで不思議なリアリティが生まれます。そしてその生活が行き着いた先の衝撃の展開に、言葉を失いました。

「半分世界」ある日突然、ドリフのコントみたいに中が丸見えの半分の家が現れる。そこで平然と暮らす藤原家の人々、その藤原家の観察に没頭する、フジワラーと呼ばれる人々。家族の生活とフジワラー達を淡々と書く。
異常な状況でも普通に暮らす藤原家を覗き見るフジワラーを覗き見る読者である私、覗かれる者と覗く者、それら全体を覗いている自分、その不思議な関係、とても不安定な均衡が崩れる時になにを感じるのか。

「白黒ダービー少史」全住民が白と黒のチームに分かれて三〇〇年もの間ゲームを続ける奇妙な町を書く。
不思議なサッカーのようなゲームの歴史を振り返るうちに、その町の壮大な歴史が明かされていく。

「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」とある十字路にあるバス停、そこには999通りの路線のバスがやってくる。そこではいつくるかもわからない自分が乗るべき番号のバスを待つ人々であふれる。人々はいくつかの集団にわかれ共同体を作り生き残りをかける。
バスがなかなかこないバス停がある、十字路の話を読んでいたはずなのに、いつのまにか気が付けば壮大な神話のような、創世記を読んでいるような気分になってしまう傑作です。

どうでしょうか、すごくないですか。この奇想とも言える設定の物語のディテールを丁寧に積み上げて誠実に小説世界として組み上げていく手腕。世界観を異常なほどに緻密に構築して、現実世界から幻想物語を紡ぎ上げるマジックリアリズムの手法はラテンアメリカ文学を彷彿とさせます。

物語を読む面白さをこれでもかというぐらい堪能させてくれる、新しい文学がここに誕生しました。これは国内小説というよりは、もっと広いものです。そう、世界文学といっても全く言い過ぎではない。

この本を読んで新しい文学に目が開いたあなたには、ぜひもっと広い世界に冒険の足をのばして欲しい、文学の世界は広い、日本の小説だけではそのごくごく一部しか見ることはできないのですから。

現代日本SFの最先端を知るための一冊としても、あなたの世界をさらに広げる世界文学の旅への第一歩としても本書をおすすめします。

 

 

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