広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.165
蔦屋書店・丑番のオススメ 『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』河野啓/集英社
栗城史多(くりき・のぶかず)さん。登山家。起業家。2018年5月21日エベレスト登頂に挑戦するも敗退。下山中に滑落し死亡。享年35歳。
栗城さんは毀誉褒貶の激しい人物だった。「単独」「無酸素」で世界7大陸の最高峰を目指す登山家として世間から注目を浴び、称賛を受けた一方、「単独」「無酸素」には虚偽があるとして、登山界からは黙殺され、ネットの世界では多くの批判を受けた。
本書はかつて、栗城さんのテレビドキュメンタリーを作ったディレクター河野啓さんによって書かれた。テレビでの取材時期は2008年から2009年。それは栗城さんが6大陸の最高峰を制覇し、残すは世界最高峰エベレスト登頂を残すだけ、という世間からの称賛を浴びていた時代。2年間の直接の取材体験をベースとしつつ、栗城さんの死後に、多くの関係者への取材を通して、栗城史多という複雑な人間をあきらかにしている。
著者は栗城さんの死の一報を以下のように受け止めた。
「訃報にショックはあったが、「まだ登っていたのか……」という驚きのほうが強かった。」
栗城さんは称賛と多くの批判を受けたあと、過去の人になっていた。距離を置いていたとはいえ、かつての取材者に、エベレスト登頂にチャレンジしているという情報すら伝わっていなかった。
栗城さん年表を作成したのでみていただきたい。
栗城さんは毀誉褒貶の激しい人物だった。「単独」「無酸素」で世界7大陸の最高峰を目指す登山家として世間から注目を浴び、称賛を受けた一方、「単独」「無酸素」には虚偽があるとして、登山界からは黙殺され、ネットの世界では多くの批判を受けた。
本書はかつて、栗城さんのテレビドキュメンタリーを作ったディレクター河野啓さんによって書かれた。テレビでの取材時期は2008年から2009年。それは栗城さんが6大陸の最高峰を制覇し、残すは世界最高峰エベレスト登頂を残すだけ、という世間からの称賛を浴びていた時代。2年間の直接の取材体験をベースとしつつ、栗城さんの死後に、多くの関係者への取材を通して、栗城史多という複雑な人間をあきらかにしている。
著者は栗城さんの死の一報を以下のように受け止めた。
「訃報にショックはあったが、「まだ登っていたのか……」という驚きのほうが強かった。」
栗城さんは称賛と多くの批判を受けたあと、過去の人になっていた。距離を置いていたとはいえ、かつての取材者に、エベレスト登頂にチャレンジしているという情報すら伝わっていなかった。
栗城さん年表を作成したのでみていただきたい。
20代半ばで、各大陸の最高峰をつぎつぎに制覇し、エベレストの登頂へ向かう栗城さん。その後の8回に渡るエベレストへの挑戦と敗退。とくに注目をしてほしいのは、凍傷で指を失った後、2015年から2018年への毎年の挑戦と敗退の繰返し。
エベレスト登頂には多額の費用がかかる。栗城さんは株式会社たおの代表として自らを商品としてスポンサーに売り込まないといけない。エベレスト登頂はやりたいだけで実現できるわけではない。多額の資金が必要だ。2014年から2018年の毎年の挑戦の間にも、自分を売りものとした営業が挟まっていると考えると、その短すぎるタイムスパンに狂気すら感じてくる。しかもその商品の価値は目減りしているのだ。
凍傷になった4回目のエベレスト挑戦の際にはスポンサーが集まらず、栗城さんがナーバスになっていたという証言もある。また、指を失ったあとは、周囲の人たちも山を下りるように助言をしたという。
なぜ、それでも山を下りなかったのか、そして、なぜ山で死んでしまったのか。そこに迫るのが本書の読みどころだ。それだけでもこのノンフィクションは優れたものになっただろう。しかし、本書のしかけはそれだけではないのだ。その謎に迫るなかで、取材者である著者の河野さん自身も当事者になる。
エベレスト登頂には多額の費用がかかる。栗城さんは株式会社たおの代表として自らを商品としてスポンサーに売り込まないといけない。エベレスト登頂はやりたいだけで実現できるわけではない。多額の資金が必要だ。2014年から2018年の毎年の挑戦の間にも、自分を売りものとした営業が挟まっていると考えると、その短すぎるタイムスパンに狂気すら感じてくる。しかもその商品の価値は目減りしているのだ。
凍傷になった4回目のエベレスト挑戦の際にはスポンサーが集まらず、栗城さんがナーバスになっていたという証言もある。また、指を失ったあとは、周囲の人たちも山を下りるように助言をしたという。
なぜ、それでも山を下りなかったのか、そして、なぜ山で死んでしまったのか。そこに迫るのが本書の読みどころだ。それだけでもこのノンフィクションは優れたものになっただろう。しかし、本書のしかけはそれだけではないのだ。その謎に迫るなかで、取材者である著者の河野さん自身も当事者になる。
それはどういうことか。
取材者と被取材者の関係性だ。テレビという媒体の性質上、当然ながら栗城さんが山を登っている映像が必要だ。しかし予算の関係上、エベレストにカメラマンを派遣することはできない。登山の映像については栗城さんから提供してもらうしかない。ここに本来は対等でなくてはいけない取材者/被取材者という関係の中に権力構造が生じている。相手におもねるばかりで、取材に必要な裏取りができていなかった。栗城さんを描くことではなく、栗城さんの望む栗城さんを描くことになっていたのではないか。その著者の後悔。
取材者と被取材者の関係性だ。テレビという媒体の性質上、当然ながら栗城さんが山を登っている映像が必要だ。しかし予算の関係上、エベレストにカメラマンを派遣することはできない。登山の映像については栗城さんから提供してもらうしかない。ここに本来は対等でなくてはいけない取材者/被取材者という関係の中に権力構造が生じている。相手におもねるばかりで、取材に必要な裏取りができていなかった。栗城さんを描くことではなく、栗城さんの望む栗城さんを描くことになっていたのではないか。その著者の後悔。
著者は栗城さんの「酸素ボンベは重いし高価なので、これまで登った六つの最高峰では使わなかった」という発言に対して以下のように書く。
「そもそも酸素ボンベを使って登るのは、8000メートル峰だけなのだ。つまり、七大陸最高峰のうち、エベレストのみ。他の六つの最高峰にボンベを担いで登る人間など、端からいないのである。「単独無酸素」と「七大陸」がセットになること自体、ひどく誤解を生む表現なのだ。」
そうした栗城さんのフェイクを直接本人に指摘するシーンが本書の中にある。
「私が栗城さん本人に『単独無酸素での七大陸最高峰登頂』という表現の是非について問い質したのは、2008年の12月半ばごろだったと記憶している。彼の事務所だった。私がこの話をすると、彼の表情がとたんに陰った。
「新聞の記者さんには一人いましたけど、テレビの人でそれを言った人は初めてです。」彼はそう言ったきり、「もしもし、栗城です」と誰かに電話をかけ出した。その横顔が妙に寂しげで、私は自分が悪いことをしたような気分になった」
「新聞の記者さんには一人いましたけど、テレビの人でそれを言った人は初めてです。」彼はそう言ったきり、「もしもし、栗城です」と誰かに電話をかけ出した。その横顔が妙に寂しげで、私は自分が悪いことをしたような気分になった」
その後はなぜそれ以上指摘できなかったのかと考える著者の内省的な描写が続く。これでは、栗城さんに忖度して取材者として聞くべきことを聞けなかったと言えるだろう。結果的に著者は栗城さんの虚像を作ることに加担したと言えるのだ。
それでは、無視をした登山界はどうなのか。山岳雑誌『山と渓谷』が栗城さんを批判するのは2012年のこと。論ずるに値しないものとして、発信を避けていたのだとは思うが、そのことも結果的に栗城さんの虚像を作ることに加担したと言えるかもしれない。誤ったものに対して応答責任性があると思う。登山界からすると、とるに足らないもの、論ずるに値しないものであったのかもしれないが、それでもすぐに反論していくことが必要だったのだと思う。いまの社会を翻ってみても、わかるでしょ、という姿勢や、あの人は仕方ないよ、という考えが社会の歪みを生んでいると思うのだ。
じゃあ、わたしはどうなのか。栗城さんを批判したネット記事を読み、わかったふうなつもりになって、栗城さんのことを安全地帯から攻撃できる対象として消費していなかったか。そして、すぐに忘れてしまっていたのではないか。
本書は優れたノンフィクションだ。それは栗城さん、それを取材する著者、そしてそれを取り巻く社会を描いていて多層的に事象を捉えたノンフィクションだからだ。
栗城さんはなぜ、山を下りなかったのか。栗城さんはなぜ、山で死ななくてはいけなかったのか。ぜひ、本書を読んでほしい。そして考えてほしい。
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