広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.99
蔦屋書店・江藤のオススメ『つけびの村』高橋ユキ/晶文社
ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェは言いました。
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
陰陽師は人を呪殺しようとする時、呪い返しにあうことを覚悟して自らを埋葬するための穴を掘らせたといいます。
「人を呪わば穴二つ」
今回紹介しようとしている本はとても怖い本です。正直、この本について語るのを思わずためらってしまうほどです。ホラー映画や怪談話、の怖さとは違う、精神的に来る怖さがあります。
しかし、この本は様々なことを私たちに教えてくれます。忘れてはいけない教訓も与えてくれます。もし、興味があるという方は、ぜひ読むことをお勧めします。
住人のほぼ半数が殺され、放火も起きている。この事件がほんの数年前に起きているというのにも驚きます。
そして、実はこの事件。
本当のところ一体何が起こっていたのか、よくわかっていない部分も多いのです。
さらにこの事件を不気味にしているのが、犯行の疑いがある男性の家に外から見えるように貼られてた貼り紙です。
そこには「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と書かれていました。
この男性は毎朝10時と夕方5時に家の窓を開け放ち、村中に聴こえる大音量でカラオケを歌っている男でした。
その後、彼は逮捕されるのですが、彼が残したICレコーダーにはこんな言葉が録音されていました。
「…うわさ話ばっかし、うわさ話ばっかし。田舎には娯楽はないんだ、田舎には娯楽はないんだ。ただ悪口しかない。(一部抜粋)」
この事件に興味を持った、ひとりの女性ライターが村に入って地道に話を聞いていきます。村の人々、マスコミ、周りの人々、あらゆる「うわさ話」を聞いていき、事件の真相に挑んでいく。
というのが本の内容です。
どうでしょうか、読みたくなりませんか。
というか、知りたくなりますよね、本当のところを。
みんな好きですもんね、、、「うわさ話」
著者は村に入り様々な人に話を聞きます。
様々なうわさ話を聞き出します。うわさ話ばかり、田舎の人って怖いな、なんて思って読んでいる自分がいます。こんなふうに人の事を話すのか、こんな話も出てくるのか、話を聞き出す著者がいてそれを面白がって読んでいる自分にふと気がつきます。
あれ、うわさ話をいちばん喜んで聞いているのは、自分なのか。
ゾッとしてしまう瞬間でした。
この事件には、不気味な貼り紙であったり、カラオケだったり、実は今回の事件の前にも細かな事件は起きていて、など様々な要素が絡み合います。
それら要素が見せる一面は、実は違う角度から見ると全く違う意味を持っているのです。
ここもこの本の非常に怖いところですが
小さな要素の全て、そして、この連続放火殺人事件そのものも、ある立場から見た時、マスコミの報道を通して見た時、実際に村で話を聞いた時、それぞれで違う見え方をするのです。
冒頭で触れた貼り紙
「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」
これは当初、犯行声明のようなものだと思われていました。が、明らかにそうではなく、全く違う意味を持っていた、ということがわかります。
物事はある一面からだけ見ていると見誤ってしまうのです。
私たちは、忘れてはいけません。三角形だと思って見ていたものが、裏に回ると正方形だった。ということは往々にしてあるのです。
また、本を読むという行為について。
ライターの著者は、観察者としてこの村に入って取材をしますが、直接村人に会って話を聞きます。村人は著者に会って話をするうちにその話の内容も変わってきます。意識するにせよしないにせよ、著者の行為は村人に影響を与えているのです。その意味では、著者は純粋な観察者ではなくなっている。
私たち読者はどうでしょう。
絶対的な安全地帯で観察者として著者のフィールドワークを眺めている立場にあると安心しているかも知れません。
本当にそうですか?著者の目を通した、あなたの好奇心に満ちたその目は、本当に安全地帯にいるのですか?
あなたが村をのぞいている時、村はまたあなたをのぞいているのです。
人を呪わば穴二つですよ。
あなたの精神に、これから先の人生に
この本が、この事件が、この村が
何も影響を与えないなんてことが
あり得ると思っているのですか?
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