【コンシェルジュ座談会 Vol.3】
「一生ものの、愛読書」について
コンシェルジュ渾身の1冊。本の奥深さを楽しんで

「コンシェルジュ文庫」第5回の開催を記念して、普段は異なるお店で働く4人のコンシェルジュが集まって座談会を開催!3つのテーマについて、日々感じていること、考えていることを語り合いました。Vol.3のテーマは、今回の「コンシェルジュ文庫」のテーマでもある「一生ものの、愛読書について」です。

座談会参加者

岡田基生(おかだ・もとき)

代官山 蔦屋書店 人文・ビジネス リーダー 兼 人文コンシェルジュ。修士(哲学)。IT企業を経て入社し、「リベラルアーツが活きる生活」を提案している。哲学、デザイン、ビジネスと、専門領域が広がったタイミングで、自身のX(https://twitter.com/_motoki_okada)をスタート。Xをきっかけに、宮沢賢治に学ぶワークスタイル論をはじめとする連載やイベント出演など、発信の機会が増えている。

北田博充(きただ・ひろみつ)

梅田 蔦屋書店 店長 兼 文学コンシェルジュ。出版取次会社を経て2016年に入社。2020年、本屋の魅力と可能性を発信するフェス「二子玉川 本屋博」を企画し、2日間で来場者3万3000人、販売数1万冊超を記録するなど大きな反響を得る。2016年には、ひとり出版社「書肆汽水域」も立ち上げており、文学作品を中心に出版している。2024年2月に、自身の著書『本屋のミライとカタチ -新たな読者を創るために-』(PHP研究所)を刊行予定。

河出真美(かわで・まみ)

梅田 蔦屋書店 文学コンシェルジュ。海外文学を主に担当し、『ザリガニの鳴くところ』(ディーリア・オーエンズ、早川書房)、『わたしが先生の「ロリータ」だったころ』(アリソン・ウッド、左右社)、『戦時の愛』(マシュー・シャープ、スイッチパブリッシング)など、数々の作品の書評を書いている。梅田 蔦屋書店のホームページ(https://en.store.tsite.jp/umeda/blog/)で「コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは」を連載中。ブログ運営、ZIN制作など、書店業務以外でも素敵な本を広めるための活動を行っている。

江藤宏樹(えとう・ひろき)

広島 蔦屋書店 文学コンシェルジュ。代官山 蔦屋書店を見て憧れていた蔦屋書店が2017年に広島にできることを知り転職。イベントが好きで、毎月開催している「読書会」をはじめ、自身の趣味を生かしたオートバイの「カブ」や、けん玉などのイベントも実施している。「二子玉川 本屋博」に感動し、その精神を受け継いで、町の本屋が一堂に会する「広島 本屋通り」を2022年に企画。2年連続で開催している。

これまでも、これからも。ずっと読んでいくもの

――2023年の「コンシェルジュ文庫」のテーマは、「一生ものの、愛読書」です。

江藤:僕は『オーパ!』(開高健、集英社)を選びました。小さい頃から釣りが好きで、ソロキャンプとかも好きなんですけど、家族ができるとなかなかそういうのも行けなくなって。昔から好きだった『オーパ!』は、ブラジルの釣り旅行の話なんですけど、著者の開高健は純文学を書かれているだけあって、釣りの描写も文学的ですごくいい。釣りに行けない、キャンプに行けないというときに、どこを読んでもすごく楽しい。

あまりにも好きなので、豪華本や直筆原稿版、文庫本など、いろんなバージョンを持っています。どんどん傷んでくるので、文庫本は製本キットを使って、自分でハードカバーに作り替えました。自分が疲れているときや、もやもやしているときに読むと、何かが好きで、それに没入している自分になれるんです。好きな何かを追求する人たちって、すごくいいなって、明日からも頑張りたいなって思える1冊。これからもずっと読んでいくと思います。



岡田:前回のテーマ「記憶を消して、もう一度読みたい本」は、すごく悩んだんですけど、今回のテーマは選びやすかったです。ここ最近、宮沢賢治学会に入って会報に寄稿もしたくらい、宮沢賢治にはまっていて、『新編 風の又三郎』(宮沢賢治、新潮社)を選びました。僕にとって宮沢賢治の作品は、文学というより「宮沢賢治」というジャンルなんです。思想であり、ライフスタイルであり、科学であり、僕が目指している哲学、ビジネス、デザインなどをまとめていく「リベラルアーツ」のような新しいスタイルを地で体現していた人。だからこそ、詩や童話としてはもちろん、仕事のヒントとしても、賢治を読んでもらいたいと思っています。

そういう賢治の魅力が詰まったものを1つ挙げるとしたら、『新編 風の又三郎』のなかにある『虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)』という短編、一択だなと。それほどメジャーなものではないですが、これがすごくおもしろいし、すごく深い。だから一生読む価値があるものだと思って選びました。

本当に短い作品で、最初読んだときは、ただ全集のなかの1つとして読んだんですけど、これがどんどんじわじわ効いてくるんですね。いろんな理由があるんですけど、1つは、宮沢賢治の根本テーマに「ほんとうのさいわい」というのがあって、賢治はずっと「人間にとって一番大切なもの、本当の意味での幸福って何だろう」ということを考えていた。『銀河鉄道の夜』では、それが分からないまま終わりますが、『虔十公園林』には「ほんとうのさいわい」を直感的に感じられることが書いてあります。それをどう解釈するか、何を感じるかは、その人それぞれで変わる。物語全体や杉林の描写、虔十の感性などから、本当の幸福とは何かをそのときどきの自分が読み取ることになります。

実は主人公の「虔十」は「賢治」のもじりという説があって、虔十がつくった杉林は、賢治がつくった作品世界という解釈もあるんです。賢治は生前、あまり評価されていなくて、亡くなった後に、これだけの作家になったわけですけど、本当の幸福とは何かを、自分の作品という形で皆に残したのかなと。賢治の作品が持っている意味を考えさせられますね。虔十の、杉林を歩くだけで嬉しくて楽しくて仕方ないという感覚は、賢治自身も持っていたと思うし、自分たちも普段の生活や仕事のなかに、そういうエッセンスを取り入れられたら、何か変わるのではないかと思ったりしています。

10年後や20年後の選択に、無意識のうちに影響を及ぼすもの

河出:棺桶に入れたいくらいの、特別な作家を選びたいと思いました。でも結構、文庫になっていない方、日本語にさえなっていない作品が多くて……須賀敦子さんの『コルシア書店の仲間たち』(文藝春秋)を選びました。ただ文章を読んでいるだけで、幸せな気持ちになる作家が何人かいるのですが、須賀敦子さんは、そのうちの1人。『ミラノ霧の風景』と迷いましたが、タイトルに“書店”が入っている方がいいかなと。行ったことがない書店に一時期、いた人たちを書いていて、会ったことはないんだけれど、亡くなっている人も大勢いるんだろうけれど、どこか深いレベルでこの人たちを知っていたという気持ちになる本です。



北田:今回、僕は選書していないんですけど、何回も読み返す本がほとんどなくて、一生ものと言われると「ないかもしれない」と思いました。というか、自分が愛する本がたぶん分からない。本って読んで無意識的に自分に作用するもので、読んだことによって例えば10年後とか20年後とかに、AかBかという選択を迫られたときに、Aを選んだそのきっかけがひょっとしたら無意識下で過去に読んでいた本という可能性があったりする。そういう選択を及ぼすものが好きなんだけれど、自覚が持てていなかったりするから、どの本が無意識下で自分に影響を与えているかが分からない。でも絶対に何かが影響しているわけですよ。自分にとって大事なはずの何十冊がベースになって選択していると思うんですが、思い出せないところが本のおもしろいところかなと思います。

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