【イベントレポート】ヒロッタ!#1 建築家・谷尻誠トークショー
文・清水浩司
広島 蔦屋書店が新たに展開するクリエイティブ・セッション「ヒロッタ!」のこけら落としである「建築家・谷尻誠トークショー」が5月17日(火)、開催された。当日は平日の19時半スタートという足を運びにくい状況にもかかわらず満席御礼。地元・広島が生んだカルチャースターへの高い関心が感じられた。
今回の企画は“両A面”トークと銘打ち、「谷尻誠×BOOKS」をテーマにした第1部と、「谷尻誠×HIROSHIMA」をテーマにした第2部から成っている。HIROSHIMAとBOOKSにこだわる(それゆえの「ヒロッタ!=広島+蔦屋書店」)当イベントの趣旨を象徴するつくりである。
第1部「谷尻誠×BOOKS」はフリーパーソナリティ・兼永みのりのナビゲートで、まずは谷尻氏の最新刊『職業=谷尻誠』(エクスナレッジ刊)についての話から。ところが谷尻氏からは以下の言葉が――。
「「本を出したから何なの?」とはずっと思ってて。本屋で本のことを否定するみたいな話をしますけど(笑)、いつも編集者に言うんです、「本を100円にしてくれ」って。本を出して何万部売れるかわからないけど、所詮その程度じゃないですか。でも100円ショップの商品ってミリオンセラーになるでしょ。てことは本を100円にしてたくさんの人が読んで、ミリオンセラーになった方がすごくないですか?」
いきなり本屋相手にこの調子! 物事の見方を180°転換する常識破りの提言からスタートしたトーク。その後もあふれ出す谷尻語録に来場者のメモが止まらない。
「アイデアに価値はないんです。「こうやりたい」とか「こうやったらいいのに」っていうのは誰でも考えるけど、それを実際にやった人しか評価されないし失敗もできないですよね。だから早くやった方が早く失敗して、早く改善できるんです」
「結局失敗しても元に戻るだけですから。世の中は失敗を結果だと思ってるけど、僕は失敗はプロセスだと思ってて。「失敗したから次にどうしたらいいか?」っていう中間地点。だから僕は「失敗したな……」って思ったことはないです。失敗したって思ったらつらいから、つらい自分にならないようマネジメントしてるんです(笑)」
「日本人って1つのことを長くやることに美徳を感じるじゃないですか。でも今って昔よりたくさん情報が手に入るし、いろんなことをやれる時代。これからは1人が2つ3つ職業を持つ時代が来ると思います」
「コロナの時、仕事が全部止まったんです。ホテル関係のプロジェクトも多かったので。それで預金を見るとこのまま何もしなかったら会社が潰れるなと思って。で、「会社を止めるか、SUPPOSEから独立するか」と思ったんです(笑)。だって独立当初のことを思い出すと、お金ない、家ない、仕事もない。だけど毎日ワクワクしてたんです。そこから20年たって、たかがコロナくらいで焦ってる自分がダメだと思って。もう一回最初からやる方がワクワクできると思ったんですよ」
本はあまり読んでないという谷尻氏だが、影響を受けた本を3冊挙げてくれた。
・『はじめて考えるときのように~「わかる」ための哲学的道案内』野矢茂樹/PHP文庫
「20代の頃に出会い、物事の根源にたどりついて考えるべきだと教えてもらった本。50冊くらい買って人にあげてるし、著者の野矢さんに会いに行ったこともある」
「20代の頃に出会い、物事の根源にたどりついて考えるべきだと教えてもらった本。50冊くらい買って人にあげてるし、著者の野矢さんに会いに行ったこともある」
・『これはデザインではない~「勝てない」僕の人生〈徹〉学』千原徹也/CCCメディアハウス
「千原さんの仕事には物語があるんです。読んでて思わず泣きそうになりますよ」
「千原さんの仕事には物語があるんです。読んでて思わず泣きそうになりますよ」
・『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン/新潮文庫
「最近自然に対する想いが強くなってきて、その中で外せないな、と」
「最近自然に対する想いが強くなってきて、その中で外せないな、と」
個人的に面白かったのは、本を読まない谷尻氏がアイデアを組み立てる際は言葉を重んじているということ。本に頼らないのなら言葉はどこから出てくるのか? その答えがまた谷尻節全開だった。
「本はあまり読んでないけど、本を書いた人に会うと本に書かれてる大事なことを1~2時間で要約してくれるじゃないですか。だから僕は人に会いに行って、読み聞かせしてもらうんです。本を読んで感動したら、すぐ本人に連絡しちゃいますよ。「最高でした!」って(笑)。今はSNSでそれが可能ですから」
本から影響を受けるのではなく、その源流である著者に会って、直接エッセンスを受け取ること。この行動力と目からウロコの合理性が谷尻誠の真骨頂なのだ。
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後半は私、清水浩司の仕切りで「谷尻誠×HIROSHIMA」。まずはSUPPOSE DESIGNが監修した2025年開業予定のJR広島駅の話から……と思ったが、すかさず谷尻氏のぶっちゃけが。こういうの、クローズド・イベントならではの魅力である。
後半のテーマは「谷尻誠は広島の街をどうデザインするか?」。ここにも建築の枠を超えた発想がある。
「広島に建てたいのは“泊まれる美術館”。僕だけじゃなくいろんな建築家を選定して、「泊まれる建築作品を作ってください」ってお願いするんです。で、宿泊は1泊30万円くらいにするっていう(笑)」
「たとえば美術館を1つ建てると、みんな美術館に行って事が済むわけです。でも美術作品が街の中に点在してると、街歩きをせざるを得なくなって街全体が美術館になる。本当はそういうことがやりたいんです。昔の住まいもお風呂がないから銭湯に行き、テレビがないから映画館に行き、冷蔵庫がないから酒屋さんに行って、街全体を使って生活が営まれてましたからね」
それは街のさまざまな場所にホテルがあって、街全体をホテルと捉える「アルベルゴ・ディフーゾ」をベースにした考え方。谷尻氏が故郷・三次市に開いた餅屋「もちのえき」もその構想上にあるという。
「4年前から三次に呼ばれて、街の活性化のアイデアを出してて。店の近くには三次もののけミュージアムもあるので、そこを中心にアート作品を点在させたり、リバーサイドでサウナをやったりしたらいいんじゃないかと話したんです。今回、人を呼び込む一環としてお店を作りましたけど、僕は決して餅屋がやりたかったわけではなくて(笑)。餅屋を起点として街のことに参加したかったんです」
□餅屋「もちのえき」
広島県三次市三次町1582番地
営業時間:木曜〜日曜 10:00〜17:00 (月曜〜水曜定休)
広島県三次市三次町1582番地
営業時間:木曜〜日曜 10:00〜17:00 (月曜〜水曜定休)
それ以外にも猫屋町に建設予定のオフィスとホテルの混合施設「TOMALT HOTEL」の話や湯来町プロジェクトの話など現在進行形の仕事をオープンに語ってくれた谷尻氏。圧巻は最後、「すごい賢いんですけど……」と前置きしてはじまった新たなビジネスモデルの話。熱の入った語り口で次々モニターに書き出される数字、利回り、構造収益……そのスピードと計算力、アイデアの飛翔に完全に置いてけぼりにされる観客……。
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言葉の刺激もさることながら、なにより谷尻氏本人が放つエネルギー、好きなことに邁進する躍動感を体感できたことがこのイベントの収穫だろう。「地元にこんな人がいるのか!」「こんなに自由に生きていいのか!」というインパクト。広島exclusiveをモットーとする「ヒロッタ!」にとってこれ以上ない船出となった。