【第15回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『短くて恐ろしいフィルの時代』ジョージ・ソーンダーズ/河出書房新社
いつの時代にもそこにある恐怖のはなし
『短くて恐ろしいフィルの時代』
小さすぎて国民が一度に一人しか住めない内ホーナー国と、内ホーナー国を取り囲む大きな外ホーナー国。ある時外ホーナー国の平凡な中年男、フィルが内ホーナー国の人々から税を徴収することを提案する。日に日にエスカレートしてゆくフィルの要求、フィルの言葉を支持する外ホーナー国の人々、なすすべなく虐げられる内ホーナー国の人々……
この本を読んで、あなたが思い浮かべるのは何だろうか。いつの時代の、どの出来事だろうか。どの戦争だろうか。どの国だろうか。どの独裁者だろうか。
それがどの時代の、どの出来事、どの戦争、どの国、どの独裁者だろうと、きっと間違ってはいない。この本文わずか一四九ページの小説には、あなたの頭をよぎるであろうそれらのいくつもの「こうなってしまった社会」を構成する恐怖が、余さず写し取られている。
それはたとえば「こちら側」と「あちら側」に線を引くことであり、「あちら側」を貶め、「あんなやつらなのだから、何をしてもいい」という論理を作り上げることであり、その論理を盲目的に信じ込み、自らの頭で考えることを放棄して、全面的に賛成の意を示すことであり、報道機関が政権の言葉を鵜吞みにしてそのまま「ニュース」を垂れ流すことである。
これらの一つ一つが恐ろしいのはもちろんだが、たぶん一番恐ろしいのは、この物語の結末だ。歴史を振り返れば、恐ろしい出来事はいくらでもあった。立ち止まり、過去に学ぶ機会は、いくらでもあった。けれど恐ろしい出来事はなくなりはしなかった。これまでもあったし、これからもあるだろう。この結末はそう語っている。
だからこの物語はいつだって「今の」物語だし、残念ながら当分は、古びることはないだろう。せめてそれを忘れないことぐらいは、私たちにはできると信じたい。