【第7回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』トーベ・ヤンソン/フィルムアート社
「ムーミン」を書いていない時のトーベ・ヤンソンを知っていますか 『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』
トーベ・ヤンソン。あまりにも有名な名だが、その名を聞いてあなたが思い出すのは何だろうか。
「不思議の国のアリス」などの挿絵画家としてのトーベ・ヤンソン? それとも今年公開が予定されている伝記映画「TOVE」?
いや、おそらくは、あなたが思い出すのはムーミンだろう。アニメのTVシリーズが作られ、近年も映画が公開され、数々のグッズが発売され、誰もが知っているムーミンとその仲間たち。
彼女が生み出したムーミンシリーズは素晴らしい(としか言いようがない)小説群である。そこに登場するどこか奇妙な生き物たちは、孤独で、やさしく、特にちょっと頑固で、困りものだ。
私は、そんな小説ムーミンシリーズを読んだことがある人にこそ、「ムーミン」を書いていない時のトーベ・ヤンソンを知ってほしい。小説家として彼女が書いたもの、その繊細さ、するどさを。
たとえば「夏の子ども」に登場する、主人公一家と夏の間だけ同居することになった少年エーリスの、読んでいて胸にじんわり広がる、圧倒的な「嫌さ」。この子ども、それはもう、本当に「嫌」なのだ。その姿がありありと目に見え、その言葉、その声は、まるですぐそこでしゃべっているよう。この子どもがあんまり嫌な子なので、私はわーっと大声をあげて、ものを投げつけ、蹴っ飛ばしてやりたくなる。
この本には、こんなふうに「嫌さ」から、「孤独」「依存」「懐かしさ」、いろんなものが詰まっていて、きっとその中には、あなたが理解できるものがある。それは、いつかどこかであなたが体験したものに、きっとよく似ている。本当に、驚くほど、似ている。それは彼女が書いたものの中に、はっとするほどくっきりと描き出された人間がいて、その人間たちの感情が、あまりにも鮮やかに言葉で表されているせいだ。
小説家は、これをやる。優れた小説家は、これを巧みにやる。トーベ・ヤンソンはこれを巧みにやった。彼女は「ムーミンの生みの親」であり、ムーミンシリーズは素晴らしい小説だけれど、彼女はムーミンシリーズを書いていない時だって、優れた小説家だった。彼女が自ら選んだ三十一編の小説(七編は未邦訳だったものである)を一冊で読めるこの贅沢な本で、彼女の小説家としての素晴らしさを改めて体験してほしい。
今回ご紹介した書籍
トーベ・ヤンソン 著 久山 葉子 訳 フィルムアート社
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