【第54回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『危険なトランスガールのおしゃべりメモワール』カイ・チェン・トム/晶文社
正しさなんかお呼びじゃない。 『危険なトランスガールのおしゃべりメモワール』
あなたは物語の中に登場したい。でも世の中にはあなたとはかけ離れた人々の物語しかない。あなたと同じ部分を持った人々の物語でさえ、どこか立派すぎて共感できない。それならと、あなたは自分で自分の物語を語ろうとする。少し暴力的で、とても正直で、でもファンタジーが入り混じっている、そんな物語を。あなたはこう言われるかもしれない。あなたの話なんて聞く人はいない、あなたみたいに世界中にほんの少ししかいない人たちの話になんて、人は惹かれないものなのだと。けれど危険な女の子であるところのあなたは、獣じみた強さを誇る拳と脚でそんなことを言う輩を黙らせて、語るだろう。あなた自身の危険な物語を。
そうやって語られた物語が、本になった。本書はそんな一冊である。
彼女の物語はこうだ。家出したトランスの少女が「夢みればどんなことでも起こり得る」煙と光の都市で、「超素敵」でたくさんのことを経験してきたキマヤ、「ボートほどの大きさのホットピンクの豹柄のヒールを履いている」ラプンツェル、「脚が1マイル」あり、美しいけれど意地悪なルクレツィアなど、さまざまなトランス女性たちに出会う。その中の一人が無残な死を遂げたことをきっかけに、怒れる彼女たちの一部は反撃に出る。
「うちらはどこへ行こうと常に危険な状態にある」(p.86)と、彼女たちの一人が言う。そのことばに、現実にトランスの人々、特にトランス女性に対してのヘイトクライムが起きていることを考える。そして本書が、「あたしは安全な空間(セーフ・スペース)を信じない」(p.5)という一文で始まることを思い出す。 ただ自分自身であるというだけの理由で安全でいられない彼女たちは、自分自身そのものを危険な存在にすることでこの世界に抵抗する。暴力に暴力で立ち向かうのは間違っているか? たぶん。けれどこれは既に述べたとおり、危険な物語だ。正しさなどお呼びではない。
「あたしはここにいる誰もに劣らず猛烈で魅惑的、あんたがどう思おうが関係ない」(p.64)と主人公は言う。この台詞はまるでこの本のことを言っているみたいだ。片膝を立てて退屈そうに周りを見ていて、どんなに口を出されても頑として自分のスタイルを変えようとしない女の子のようなこの本に、私は一気に恋してしまった。