【第48回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『フィリックス エヴァー アフター』ケイセン・カレンダー/オークラ出版
あなたの呪いを解く物語 『フィリックス エヴァーアフター』
あなたは、あなたと似ている誰かの物語を探そうとする。けれど見つかるのは、その「誰か」が不幸になる物語だ。物語の中の「誰か」は、いつも主人公ではなくて、よくて主人公の友人か、その他の脇役か、悪役だ。「誰か」はたいてい孤独で、よくわからない理由で悲しい結末を迎えたりする。そういう物語をあまりにもたくさん見てきたので、あなたは呪いにかかってしまう。あなたは孤独な人生を送るだろう。不幸な結末を迎えるだろう。幸せに生きていくことはできないだろう。だって物語の中ではそうだから。あなたに似た誰かがハッピーエンドを迎える、そんな物語をあなたは知らないから。
本書の主人公、フィリックスもそうだった。黒人で、クィアで、トランスであるフィリックスはこう語る。
「自分のアイデンティティのすべて……自分がみんなとちがえばちがうほど……人々は興味を失っていく。どんどん……愛しにくい存在になっていく気がするんだ。本や映画やテレビ番組のなかの恋愛対象は、白人で、シスジェンダーで、ストレートで、金髪で、青い目の人たちばかりだから。(中略)だから、映画のなかで描かれるような愛を手にする資格が自分にもあるとはなかなか思えなくて」(p.249)
トランスであることを理由にフィリックスが向けられるのは、読んでいるこちらも傷つき怒りをかきたてられるような酷い言葉であり、心無い仕打ちだ。そのせいでフィリックスは自分にも他のみんなと同じように愛される価値があるという当然のことがわからなくなってしまっている。自分を肯定することのできない気持ちが、フィリックスに上の台詞を言わせる。
しかし、この物語はそんなフィリックスを呪いにかかったままにはしておかない。フィリックスに、フィリックスのような人たちに、更に呪いをかけるような物語では、これは決して、ない。反対に、これはフィリックスにかけられた呪いを解く物語だ。フィリックスと同じように黒人で、クィアで、トランスである著者ケイセン・カレンダーは、そのような物語としてこの本を書いた。同じように呪いにかかってしまっているあなたに、これまで夢に見ることさえできなかったハッピーエンドを見せるために。
あなたは、あなたに似た誰かが不幸になる物語しか知らないかもしれない。しかしそれは、あなたが幸せになれないことを意味しない。「だって物語の中ではそうだから」と言うなら、どうかフィリックスの物語を見てほしい。フィリックスはここにいる。確かにここにいて、証明している。「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」というおとぎ話の結びの言葉を実現することは、誰にだって許されている。フィリックスにも許されている。フィリックスによく似たあなたも、ハッピーエンドを迎えることは、きっとできる。