【第35回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『ロンドン・アイの謎』シヴォーン・ダウド/東京創元社
どうかその子の話を聞いて『ロンドン・アイの謎』
シヴォーン・ダウドという名前を聞いてピンと来る人は少ないかもしれない。私はたぶん数少ないその一人である。
”A Monster Calls”。ある年の一月に読み、それからずっとその年に読んだ本のベストであり続け、頭のどこかに住み着いてしまった本だ。その表紙にその名前は記されている。Inspired by an idea from Siobhan Dowd――原案シヴォーン・ダウド。ダウドはこの本の登場人物や設定などを考えていた。しかし実際に執筆する前に病に倒れてしまった。彼女の残したアイデアを元に、パトリック・ネスが“A Monster Calls”を書いた。“A Monster Calls”は『怪物はささやく』として翻訳も出版され、映画化もされている。シヴォーン・ダウドは私にとって、ずっと『怪物はささやく』の原案者だった。だから私は本書『ロンドン・アイの謎』が刊行されると聞いて歓喜した。ずっと読みたかった一冊だったのだ。本書はダウドの二冊目の本で、児童書であり、更にミステリーである。探偵役は十二歳の少年だ。大観覧車ロンドン・アイからいとこの少年が消えた謎に、行動力のある姉と共に迫っていく。子ども向けのミステリーなら子どもだましの種明かしが待っているかと言うと、ミステリー部分が非常にきちんと書かれている。何気ない描写の一つが、ちょっとした会話で語られる情報が、解決に関わってくるところは、ミステリーファンを喜ばせることだろう(ちなみに私はさりげなく書かれている手がかりの一つに気づくことができたのが自慢である)。しかし、よくできたミステリーとしても推したい本書だが、実は更に注目してほしいところがある。それは本書に描かれるコミュニケーションの大切さだ。
主人公であるテッドはコミュニケーションが苦手な少年だ。興奮するとんんんと声が出てしまうし、人の表情を読むのが苦手で、「五つの基本ルール」に沿って判断しなければならない。でも(テッドの目から見れば)筋の通った仮説をたて、姉のカットの行動に時に巻き込まれながらも自分なりの捜査を進めてゆく。そんなテッドがある時、親しい人たちが話を聞いてくれない中で、自身の苦手意識を乗り越えてコミュニケーションをとろうとしたこと。それに耳を傾ける人がいたこと。そこに作者シヴォーン・ダウドが何を伝えたかったのかが表れているのではないか。
「その子の話を聞いて」と、ダウドが言うのが聞こえるような気が、私にはする。「その子」とは、ごく普通の不満を抱えた十代の若者かもしれないし、何か深刻な悩みのある子どもかもしれない。あるいはテッドのように、どこか他とは違う特徴のある子、コミュニケーションを取るのがとても苦手な子かもしれない。しかしその子がもしも誰か、自分の話を聞いてくれる人を求めているなら、私たちはその誰かにはなれないだろうか。あるいはその誰かになれる人に、その子を会わせてあげることはできないだろうか。
“A Monster Calls”が、一人の少年が物語を聞き、自分の物語を聞いてもらう、そういう物語だったことを思い出す。ダウドが自ら執筆した“A Monster Calls”がどういう物語になったのか私たちには知るべくもないが、「シヴォーン・ダウドに好きになってもらえるだろうと思う本を書く」ことを唯一のガイドラインにしたというパトリック・ネスの書いた“A Monster Calls”を、きっとダウドは気に入っただろうという気がしてならない。