【第32回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『HEARTSTOPPER ハートストッパー』アリス・オズマン/トゥーヴァージンズ
たしかにいるあなたのための物語『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
以前にも書いたが、バイセクシュアルの人物が登場する本を探したことがある。これはかなり難しい課題だった。ここに、単にバイセクシュアルの人物が登場するだけでなく、日本語で、中高生が読めるようなもの――という条件がついたらどうだろう。あなたは何冊挙げられるだろうか? そもそもそんな本が存在するのだろうか? 私は、恥ずかしながら、一つしか思いつかなかった。それが「HEARTSTOPPER ハートストッパー」だ。
本書は、同じ学校に通うチャーリーとニックというふたりの少年が出会い、友情を育み、やがて恋に落ちていく姿を描いたイギリスのコミックである。やわらかい線で描かれた優しい絵が、ふたりの心の動きを丁寧に追っていく。チャーリーはゲイであることを周囲に知られているが、ニックはそれまで男性に恋したことがなかった。それなのにチャーリーに恋してしまった。困惑するニックだが、やがて自らバイセクシャルと称するようになる。このように、バイセクシュアルの人物が自らのアイデンティティに困惑し、自らを表す言葉を見つけ、それを受け入れる過程が描かれる作品を、私は他に知らない。
この巻ではニックがカミングアウトするまでの心の葛藤を描いています。
自分が10代の頃に読みたかった物語を描けたらいいなと。(p.318)
上は2巻のあとがきで著者アリス・オズマンが語っていることだ。自身を表す代名詞はshe/theyであり、アロマンティック・アセクシュアルであることを公表しているオズマンがそう語っているということは、何を意味するのか。この物語はLGBTQコミュニティの一員である著者が、かつて自分もそうだった、LGBTQコミュニティに属する若者のために描いている物語なのだ。ニックのように自分のアイデンティティに困惑している人のために。チャーリーのように、ゲイであるがゆえにいじめを受け、メンタルに問題を抱えている人のために。世界に溢れる物語の中に、自分に似た誰かを見つけられないでいる人のために。そのためにこの物語はここにある。この世界のどこかにたしかにいるあなたに、この物語はきっとよりそってくれる。