【第29回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『美徳と悪徳を知る紳士のためのガイドブック』マッケンジー・リー/二見書房
そのゲームをプレイするな『美徳と悪徳を知る紳士のためのガイドブック』
時は十八世紀。ディズリー子爵ヘンリー・モンタギュー卿は十八歳の放蕩者。密かに片想いをしている幼馴染のパーシー、いつも本ばかり読んでいる妹のフェリシティと共に、当時上流階級の間で人気があったヨーロッパ大陸グランド・ツアーに出かけるも、ある物を盗んでしまったために、陰謀に巻き込まれることになる。
いきなりだが、本書の主人公、ヘンリー・モンタギュー卿(周りからはモンティと呼ばれている)には辛い過去がある。それは彼に大きな傷を残した出来事で、間違いなくあってはならなかったことだった。この件では彼に同情を禁じ得ない。それにもかかわらず、ここでは彼の傲慢さについて語らなければならない。これはそういう物語だと信ずるからだ。
モンティはとんでもなく恵まれた人間である。背は低めだが顔立ちは美しく、伯爵の息子で、いずれは領地を継ぐ立場にある。しかし、彼は、彼自身だけはそのこと――自分がとんでもなく恵まれていること――を知らない。自分の境遇について、彼は不満ばかりをこぼす。グランド・ツアー後に親友のパーシーと離れなければならないこと、生まれたばかりの弟のこと、折り合いの良くない父親のこと、辛い過去のこと――。彼には自分があたりまえのように持っているものは見えていない。パーシーにはない白い肌、女性であるフェリシティには許されていない教育の機会、自分ではどうしようもないそれらのことについて、ふたりが当然抱いている憤りが、彼には見えないのだ。ある時パーシーが言い放つ「自分中心の話にしなきゃ気がすまないのか?(P.195)」という台詞がモンティのそういう態度を表している。彼に見えるのは自分自身の不幸や感情だけであり、相手の立場になって考えるという、ごくごく基本的なことができないのだ。それは彼の住む世界全体が、彼のようなとんでもなく恵まれた人間のためにできていて、他の立場にいる人間を慮る必要がなかったことと、恐らく無関係ではない。
しかし、実は、一見とんでもなく恵まれているモンティに対してさえ、世界は敵意を向ける。あの辛い過去の出来事の引き金ともなった、「異性だけでなく同性にも惹かれる」という性質ゆえに。そうやって世界は彼を傷つけるのに、彼は世界のルールに従って生きている。それが当たり前だったし、ルールに従わないということは、彼が当たり前に持っている特権を手放すことを意味するからだ。
本書の素晴らしいところは、そんな主人公モンティにある難題をつきつけているところだ。世界のルールに従いつつ問題を解決しようとした彼に向かって、「そもそもそのルールはおかしくないか」と物語は問いかける。肌の色や、性別や、性的指向や、そういったものがあるべき形をしていないからと言って排除される、そういう世界はおかしくないか、と。おかしな世界のルールに疑問を呈することもなく、そのルールをあくまで守りながらめでたしめでたしを迎える、そんな物語はいくらでもある。おかしな世界のルールのおかしさに気づくことさえできず、読者が快哉を叫ぶこともあるだろう。しかし本書は違う。そのルールはおかしいとはっきりと言い、本当にそのおかしなルールに従ってこのゲームをプレイするのか、という問いを投げるのだ。そう、本当はそんなことをする必要はない。私たちはルールを正すことができるし、ゲームをプレイしないことを選べるし、新しい世界を造ることだってできるのである。