【第27回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『明日のあなたも愛してる』ケイシー・マクイストン/二見書房
あなたのための物語『明日のあなたも愛してる』
バイセクシュアルの人物が登場する本(フィクション)を挙げなさい。
という課題に取り組んだことがある。それも、あたりまえだが、偏見まみれの差別的な描写をされているようなものではなく、実際のバイセクシュアルの人々が読んでも傷ついたりはしないのではないだろうか(この判断を本当にできるのは、そしてすべきなのは、当事者の人々だけだろうから、当事者ではない身としては想像力や共感をもって最善をつくすほかはない)というものを。これは本当に難しく、情けないことに片手の指の数ほども挙げられなかった。しかしいつか誰かに同じ課題を出された時、挙げられる本が一冊増えた。「明日のあなたも愛してる」だ。
ちょっと変わった過去を持つ二十三歳の女性、オーガストは、地下鉄で出会った美しい女性、ジェーンと恋に落ちる。しかし二人には越えなければならない障害があった。
この本のあらすじは上に述べた通りである。主人公のオーガストはバイセクシュアル、ジェーンはレズビアンであり、二人が越えなければならない障害とは、女性同士の恋愛に向けられる周囲の偏見の目や差別――では、ない。
そう、「では、ない」のだ。二人の前に立ちはだかるのはそんなものではない。二人が一緒に生きていくには大きな障害となるそれは、この物語にファンタジックな色合いを与えている、一風変わった状況である。それがいったいどういうものかは、実際に本書を読んで確かめていただきたい。ここで言っておきたいのは、オーガストとジェーンという二人の女性が恋に落ちることと、それとは何の関係もないということだ。この二人が男女のカップルであっても、物語上何の支障もない。
「じゃあ、どうしてわざわざ女性同士の恋愛ものにしたんだ?」――もしもあなたがそう思ったなら、どうか逆に問いかけてみてほしい。なぜこの物語が女性同士の恋愛ものであってはいけないのだろう? そしてなぜ、バイセクシュアルの人物が登場する本を挙げるのはかくも難しいのだろう?
前者への答えは「いけないなんてことはない」、後者への答えは「そういう本があまり書かれていないから」ではないだろうか。
そう、たとえ女性同士の恋愛であるからこそ起きるあれやこれやが物語上重要な要素にならなくとも、女性同士の恋愛はごく普通に物語に描かれていいはずだし、バイセクシュアルの人物はもっと物語に登場していいはずだ。女性同士の恋愛もバイセクシュアルの人々も、この世界に確かに存在しているのだから。しかし現実を見れば、女性同士の恋愛を描いた本、バイセクシュアルの人々の登場する本は、まだまだ少ない。
そして、だからこそ、置き去りにされてきた人々の物語を書こうとする書き手が世界にはいる。本書の著者、ケイシー・マクイストンはまちがいなくその一人だ。
前作『赤と白とロイヤルブルー』を、マクイストンは、普段主役をはることが、あるいは物語に登場することさえ、まれな人々のための物語として書いた。そんな彼女が、二作目である本書も、きっと自分に似た人物を物語の中に見出すことが難しい人々のための物語として書いたであろうことは、想像に難くない。
この少し不思議でとても楽しいラブストーリーは、自分のための物語をうまく見つけることができないでいる人々に、こう語りかけている。あなたは物語の主役になれる。あなたのための物語がここにある、と。