【第26回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『ウサギ料理は殺しの味』ピエール・シニアック/東京創元社
人を困惑させる変な本『ウサギ料理は殺しの味』
ミステリーの傑作と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか。前代未聞のしかけが炸裂する「アクロイド殺し」? エラリー・クイーンならではのロジックが頂点に達する「ギリシャ棺の謎」? あるいは怪奇要素とミステリーが融合した「火刑法廷」?
当然だが、傑作を書いた時、作者は頭を絞りに絞ったはずだ。だからこそこんなにも優れた謎が生まれ、こんなにも人々の記憶に残る強烈なトリックが、犯人が生まれたのだろう。
しかし、私にはわからない。なぜ「怪作」は生まれるのだろうか。
レストランのメニューにウサギ料理が載ると若い女が殺される! 女占い師と彼女にほどこしを受けるホームレス、ウサギ料理が好きな男、金ではなく高級商店の新入荷品で上客を取る娼婦。絡み合う人間関係。ある日、「ウサギ料理をメニューに載せるな」という脅迫状がレストランに届く。この町に何が起きているのか? とてつもないブラック・ユーモアが横溢する仏ミステリの傑作。(東京創元社HPより引用)
さて、出版社が作品紹介ページに載せているこのあらすじを読んでみよう。そして考えてみてほしい。一体この町で何が起きているのでしょう? 先ほど傑作ミステリーの一つとして名前を挙げた「ギリシャ棺の秘密」を書いたエラリー・クイーンは、自作に「読者への挑戦状」を挿入することで有名だった。「すべての手がかりが出そろったので、読者は推理によって犯人を当てることができるはずだ」というアレである。ロジックを重要視し、「こうでこうでこうなので犯人はこの人しかありえない」という推理を展開することで知られるクイーンの作品ならば、きっと純粋に推理によって真相を解明することもできると思う。しかし、「すべての手がかりが出そろった」ところまで読んだとしても、「ウサギ料理は殺しの味」の真相を当てることができる人がいるだろうか。いないと思う。それくらい、この本は変なのだ。
「傑作を書いた時、作者は頭を絞りに絞ったはずだ」と先に述べた。傑作を書く時に人が頭を絞るのなら、怪作を書く時いったい人は何を思っているのだろう。「ウサギ料理は殺しの味」は紛れもなく怪作である。それも何年も先まで忘れられないようなとびきりの怪作である。こういう話は、書こうと思って書けるものではないのかもしれない。なぜかあるとき生まれてしまう、そういうものなのかもしれない。ぜひ一人でも多くの人にこの本を読んで、この類まれなる変さに触れてほしい。そして度肝を抜かれて、「シニアック(作者です)、一体何考えてたんだ?」と困惑してほしい。人を困惑させる変な本、それが「ウサギ料理は殺しの味」なのです。