【第13回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『赤と白とロイヤルブルー』ケイシー・マクイストン/二見書房
重いカーテンの向こうに広がる世界 『赤と白とロイヤルブルー』
アメリカ大統領の息子アレックスは、英国の王子ヘンリーを苦手としている。しかし、ヘンリーの兄の結婚式で、一緒にウェディングケーキの上に倒れ込んでしまった二人は、世界に向かって仲の良さをアピールする破目になる。その過程でお互いを知っていくうちに、二人はやがて恋に落ちる。
そんなあらすじを読んで、あなたは本書をどんな本だと思うだろうか。「アメリカ大統領の息子と英国の王子が恋に落ちる」。その部分だけを抜き出せば、非現実的なラブストーリーだと思うかもしれない。
少し読み進めてみよう。この本には人種もセクシュアリティも実に多彩な人物たちが登場する。そしてステレオタイプ的に描かれるのではなく、一人一人個性を持った人間として生き生きと描かれる。たとえば、海軍特殊部隊出身のシークレット・サービス、エイミーがプライベート・ジェットの中で黙々と刺繡に勤しんでいるシーンがある。本文中では数行で終わってしまう、何気ない場面だ。作者、ケイシー・マクイストンはこの場面を、何か特別なもののようには書かない。「え? 海軍特殊部隊出身の人がちまちま刺繡なんてしてんの? 変なの」というふうには書かない。エイミーがトランスジェンダーであること、女性と結婚していることを明かす時も、マクイストンはそれをおかしなこととして描かない。エイミーという一人の人間は当たり前のようにそこにいて、彼女を構成するパーツのどれ一つとして、眉をひそめるようなものではないし、そもそも特別なものではない、とマクイストンは言っているかのようだ。
この本は、こういうまなざしの持ち主によって書かれたものである。このまなざしの持ち主が、同性同士の恋愛関係を、忌避すべきもの、隠さなければならないものとして見るはずがない。しかしこの物語の舞台は現実世界であり、現実世界にはマクイストンのようなまなざしを持たない人々がいる。それはもう、たくさんいる。イギリス王室の一員という立場から、血統と伝統に縛られたヘンリーには、自分のあるがままの姿を世界に晒すことは不可能に思える。しかしアレックスとの出会いによって、ヘンリーは実現不可能に思えるとんでもない夢を抱くようになる。
この本は非現実的なラブストーリーだろうか。はたして本当にそうだろうか。これまで実現不可能に思えるとんでもない夢を抱いた何人もの人々がいて、その人々が声を上げ、世界を少しずつ変えてきたのではないだろうか。本書にはついに重いカーテンが開かれ、変化した世界の姿が見える、象徴的なシーンがある。そこでアレックスとヘンリーが見たものを、声を上げてきた人たちに、今も本当の自分の姿を隠さなければならないと感じている人たちに、見てもらいたい。世界は完ぺきではないけれど、それでもここまで変わったのだ、変えることができるのだという、これは著者マクイストンからの力強いメッセージだ。
今回ご紹介した書籍
ケイシー・マクイストン・著
林 啓恵・訳
二見書房