【第5回】 絵本通信『オイモはときどきいなくなる』著者、田中哲弥さんに聞いてみました
『オイモはときどきいなくなる』から遡ること7年前。
前作『鈴狐騒動変化城』は田中さんにとって初の児童書でした。
田中さんが創作した新作落語がもとになったこの作品は、町で評判の娘お鈴ちゃんが悪い殿様に見初められ、お城に連れて行かれてしまうのを、町のみんなと一匹のキツネがチームになって救い出すというお話。
キツネも町の人も殿様も侍も、登場するものはみな、どこか抜けていて、憎めないキャラクターの持ち主。そんな彼らが巻き起こすドタバタ喜劇はまさに落語顔負けの面白さです。
そしてこの作品のもうひとつの見所は、おもわずかっこいい!と、うなってしまうようなみごとなアクションシーンの数々です。
文章でアクションをここまでかっこよく、ありありと情景が浮かぶように描けるのも田中哲弥さんのすごいところ。
そして今作『オイモはときどきいなくなる』は、このタイトルだけで、いったいどんなお話なんだろうと、興味をそそられます。
オイモとは小学校3年生のモモヨの家の犬の名前なのですが、このモモヨの性格がたまならく魅力的です。優等生でもなく、無邪気で、ハキハキとした元気いっぱいの明るい子というわけでもない、ひょうきんなのだけれどどこか飄々としていて、人見知りで内向的なんだけれど実は頭の中ではたくさんおしゃべりしていそうな、そんなモモヨです。
この物語を初めて読んだとき、本を閉じた後も物語の世界から帰ってこられない、というか帰って来たくないような気持ちでぼーっとしたのを覚えています。
しばらく時間がたった後も、モモヨやオイモやモモヨの一家が自分の中のどこかに息づいていて、ふと彼らのことを思い出してしまう瞬間があるのです。
こんなすごい本を書く人とはどんな人だろうという、ただただ好奇心から作者の田中哲弥さんにインタビューしてみました。
○田中哲弥さんの子どもの頃
一応文芸部らしきものに所属して活動していた高校時代(積極的に参加していたわけではなく、なりゆきでなんとなく。本気でやっていたのは吹奏楽部のトランペットだったそうです)。
作家になりたいと思ったのは高校三年生の時。お友達のお父さんが作家さんだとわかり、それまで遠い存在だと思っていた作家という仕事が急に身近なものに感じられて、目指したら自分でもなれるんじゃないかと思ったそうです。
小学生の頃の愛読書は『パディントン』ドタバタのギャグセンスがお気に入りでした。
小学生の頃の愛読書は『パディントン』ドタバタのギャグセンスがお気に入りでした。
○オイモやモモヨにはモデルがいるのか
モモヨの子どもらしさは、ちょっと図抜けています。ステレオタイプな子ども像とは全く違って、まさに小学生ってこんな感じ! と思わず膝をたたきたくなります。
モモヨの子どもらしさは、ちょっと図抜けています。ステレオタイプな子ども像とは全く違って、まさに小学生ってこんな感じ! と思わず膝をたたきたくなります。
モデルがいるのかと思いきや「まぁ友達の子どもで面白い子がおったは、おった」とのこと。じっくり観察する対象がいたわけではなく、そのほとんど頭の中で生み出されていたとは。対してオイモにはモデルがいるそうです。
田中家の三代目の愛犬がとても臆病で、庭先に来たスズメがこわくて犬小屋の奥に隠れてしまうような犬だったとか。モモヨがちょっとあきれてしまうほどのオイモのこわがりかたは、この愛犬「よだれ」がモデル。(愛犬の名前が「よだれ」とは。さすがのセンスです田中家)
○情景描写について
『オイモはときどきいなくなる』を読んでいると、目の前に景色がばっと見えてきて、その美しさ、四季の移り変わりのなかに登場人物達の心象風景までが巧みに織り込まれた描写にたびたび言葉を失います。
どうしたらこんな表現ができるのでしょうか。
編集者の方曰く「作品の進み具合をたずねたときに、田中さんの言うところの『結構進んだ』は、じつは数行ということが多いです。きっと極限まで言葉を研ぎ澄ましているんだと思います。たぶん……。だって、数行ですから……」と。
もちろん様々な自然の情景が、田中さんの中に体験としてあるとは思うのですが、子どもの描写と同じく、見てはいないけれども、頭の中で想像した情景を、圧倒的なリアリティと説得力を持って表現できてしまうことに、単純に驚いてしまいます。
田中さんとのお話の中で、「笑い」にかける静かな情熱をずっと感じていました。
ぼうっとするほどの自然描写やアクションシーンに関しては、どんなにすごいことをされていても、「そうかなあ」「そんな感じですかね」「まあ言葉は選んでます」といった具合だったのですが、こと話題が「笑い」についてになると、目の色が変わり、きちんと技術を駆使して読者をおもしろがらせようとしているのだということをはっきりとおっしゃいます。
そこには文章で読者を笑わせるということに対する自負や自信も見えて、それがとてもかっこよかったのです。
なぜそこまで読者をおもしろがらせようとするのか。その飄々とした佇まいがモモヨとも重なりながら、田中哲弥という作家に対する興味と謎はただただ深まるばかりです。
『オイモはときどきいなくなる』
田中哲弥・作/加藤久仁生・画/福音館書店
(Yahoo!ショッピングへ遷移します)
【作者プロフィール】
田中 哲弥 (たなか・てつや)
1963年神戸生まれ。関西学院大学卒。文学修士。大学在学中の1984年に星新一ショートショートコンテスト優秀賞を受賞。放送作家、コピーライターなどを経て、1993年『大久保町の決闘』(電撃文庫のちハヤカワ文庫)で長編デビュー。主な作品に『鈴狐騒動変化城』(福音館書店)、『やみなべの陰謀』(ハヤカワ文庫)など。
キッズコンシェルジュ
瀬野尾