【第59回】間室道子の本棚 『なかなか暮れない夏の夕暮れ』 江國香織/ハルキ文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『なかなか暮れない夏の夕暮れ』
江國香織/ハルキ文庫
 
 
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「両想いになれば幸せ」は十代、二十代まで。四十を過ぎた恋愛は淋しい。
淋しいから恋愛する、ではなく、恋愛してるから淋しいのだと思う。
気持ちが通じれば、抱き合えば、奥さんと別れさせてこっちと結婚してくれれば、万事okという単純なものではなくなっているのだ。

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』は江國香織さんおとくいの群像劇で、メインの稔、大竹、淳子は高校の同級生で五十歳。

稔は、始終ぼーっとしている。なぜなら、本を読んでいるからだ。
莫大な財産を持っているがそれには無関心で、友人の大竹に財団の管理を任せ、稔は本の世界にいる。人が訪ねてきても、電話が来ても、話しかけられても、現実に戻ってくるのに時間がかかる。

そんな彼はコンサート会場で淳子と偶然再会し、彼女の誘いで何度か食事を繰り返したあと、いとも簡単に寝てしまう。

淳子は、離婚し、大学生になる息子と二人ぐらしで、大手出版社の雑誌の編集者をしている。いわゆるデキル女である。で、「一回の関係で高校時代からの友人というスタンスは変わらない」と自覚しつつ、出会いから三十数年で初めてお互いの服をはぎ取り合ったというのに、なにごともなかったように変わらない態度(やさしいけれど、ノー誠意)の稔に怒り、あきれ、笑い、彼からの電話を待ってしまっていた自分を、淋しいと思う。

だが、このあと淳子はオフィス街を歩くのだ。修理したてのハイヒールをカツカツと小気味よく響かせて。これは「日本の若い娘さん」にはできない、最高にカッコイイシーンだ。
大竹は離婚後四十を過ぎて知り合い結婚した年若い妻に夢中なあまり、家庭内ストーカーと化す。

このほかたくさんの人たちが登場するが、お金持ちも、デキる女も、有能な税理士も、五十を過ぎてもまだ恋愛でじたばたする、という事態に、読んでいてうれしくなった。だって女性雑誌やバラエティですすめている「恋上手になる」なんて、詐欺師みたいで面白くない。男と女の素っ頓狂な言動、不器用な駆け引きこそ、相手を思う原動力なのだ。

もうひとつの読みどころは、稔が読んでいる本だ。江國さん創作の、雪の極寒地を舞台にしたハードボイルドと、南国を舞台にした情熱のサスペンスの二冊が出て来るのだが、読書好きならものすごくよくわかるであろう熱中している本を途中で取り上げられたときの悲鳴、茫然自失、怒りを体験できる。どういう仕掛けかは、読んでのお楽しみ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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