【第58回】間室道子の本棚 『廃屋の幽霊』 福澤徹三/双葉文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『廃屋の幽霊』
福澤徹三/双葉文庫
 
 
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怪談って、恐怖の量じゃなくて、「方向」だと思う。

どんな強打者にも「ここに投げられたら嫌」という球筋があり、「怪談、どれを読んでも平気だよ」という読者にも「こういうのはやだ」という方向性がある。というわけで、自分の恐怖の急所をうまく突いてくれる作家を見つけることが、怪奇譚の楽しみ方になる。

私にとっては、福澤徹三だ。

福澤先生の名前をきちんと認識したのは、小野不由美さんの『残穢』(新潮文庫)だった。実話だか創作だかよくわからないスレスレで恐怖が進行するこの物語で、福澤先生は「北部九州最強の怪談を知る男」として実名で出て来る。聞いても伝えても祟る話なので、いっさい記録ができない。そういうシロモノを知る人なのである!

先生は名うて中の名うてなので、「『残穢』が初認識なんて失礼すぎる」とファンからお叱りを受けそう。でもとにかく「北」「九州」「最恐」「聞」「呪」のインパクトがすごすぎ、以来、図書館や書店の著者名「ふ」のコーナーから福澤先生の名前がせりあがってくるようになった。で、読み始めたら、この人は私の「嫌な方向」をすごく攻めてくる人だとわかった。

本書『廃屋の幽霊』の表題作は、テレビで紹介されていた幽霊が出るという廃屋が、かつて自分が住んでいた家だと気づいた男の話、「超能力者」は、超能力のあるマスターがいるというバーで、彼が繰り出す不思議現象を楽しんでいた主人公が、疑り深い友人を連れて行ったことから起こる恐怖。「市松人形」は、…。

私にとって、こういう系は非常にまずい。心の先がぐんにゃりねじれ、黒ずむ感じ。しかし、やだやだと思いながらも読んじゃう。人間だけが「負」を楽しむことができる動物である、というのが、私の場合、福澤怪談で顕著になるのである!

世界で日本のホラーが大ヒットしたのも、あれらが「一国の作品」にとどまらず、「未知なる方向性」だったからだと思う。サイコ的な怪人とか、殺戮を繰り返す大男とか、椅子とテーブルが吹っ飛び人間が壁にたたきつけられる悪霊的なハイパワーではなく、今まで描かれることがなかったしめった家屋の匂い、黒々とした押し入れの奥、古い別荘の棚にひっそりあったものなど、地味で打ち捨てられたもののなかに、得体の知れない怖さがある。「私が”いーやー!”と声をはりあげたくなる恐怖の方向はこれだったんだー」と、ワールドワイドでみんなが覚醒したんだと思うの。

ここまで書いたら、明け方4時にいっせいに消えたはずの目黒川沿いに並ぶ街灯がまた点いた。わたしの2階の部屋から見えるものだけ、ひとつ…。薄明りの中で、なにかにウィンクされたみたい。ぞわっ。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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