【第49回】間室道子の本棚 『あのこは貴族』 山内マリコ/集英社文庫
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『あのこは貴族』
山内マリコ/集英社文庫
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主人公はまったくタイプの違う女性ふたりで、どちらにより深く感じ入るかが読みどころ。そしてどちらにせよ、読者は自分が辿ってきたものと向き合うことになるだろう。
前半に登場するのはまもなく27歳になる華子で、お金も名もある一家の末娘の彼女は絵に描いたような「東京の箱入り娘」。ここ数年、母の温泉旅行に付き合うようになったがその地方がどこにあるのか知らない。物語の半ばに出て来ることだが、目の前に関西弁をしゃべる人間があらわれたというだけで逃げ帰るような東京純粋培養型。おっとりした性格で、今までなんでも親に決めてもらってきた彼女に、唯一決まらないのが結婚相手だった。
2年付き合ったBFには「重い」と逃げられた。整形外科医院を経営している父経由で話が来る男性は「医師なのにモテない人って、ほんと癖ある」と口さがない姉が語るように難がある人ばかり。小中高一貫の女子高時代の友人が紹介してくれたエリートたちは、それなりにキャリアがあって給料が稼げて自分と人生を伴走してくれる女性を求めており、「名門のお嬢様」の前に「専業主婦願望をちらつかせる無職の女」と映る華子は願い下げとなってしまうのだった。
もう一人の主人公は地方出身の美紀。田舎町の閉塞感が嫌でガリ勉強して慶應大学に入った彼女が入学式で見たのは、ファッション雑誌から抜け出たような容姿でブランド品を持った幼稚舎や高校からの「内部生」や、流暢な英語で笑いさざめく帰国子女たちだった。彼ら、彼女らが自慢げだったならまだまし。内部生には、自分たちに気圧されてる人間は目に入らない。実家の事情で仕送りが当てにできなくなった美紀は「大学生活を続けるためバイトに明け暮れて大学に行かなくなる」という本末転倒に陥る。
華子と美紀、この生まれも育ちも違うふたりが、青木幸一郎という男をはさんで出会う。
「幸一郎はどちらを選ぶのか」という話でないところが非常にいい。女性ふたりは共に戦うことになる。相手は「狭さ」だ。
華子は婚活、結婚を通じて、美紀は高級ホステスとして羽振りのいい男たちと接するうちに、「東京」「金持ち」「育ちがいい」という三拍子が持つ、なんでもある、なんでもできるイメージは見せかけとわかってくる。華子のようにすべて親任せにしてきた者はもちろん、生まれと育ちと財力を最大限に利用して花開こうという人たちも、閉鎖的なテリトリーで足がかりやうま味を融通し合っているだけだと気づく。
政治家や名門企業の経営者の傍若無人ぶりや失態が報道されるたび、あれだけ世の中を動かす人が、こんなこともわからないのか、とあきれるけど、この本を読むと、三拍子だけで生きてきた人たちの尋常でない狭さ、小ささの巣はこれか!、こんな人たちに舵を取られて日本は世界を渡ろうとしているのか!、とおそろしくなる。
華子と美紀は、何に立ち向かい、どう自分を作り直していくのか。スリリングで心にずっしり来る傑作だ。