【第37回】間室道子の本棚 『カモフラージュ』 松井玲奈/集英社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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松井玲奈/集英社
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読み始めて、これはあるものに似てる、と思い・・・そうだ、『火花』を読み始めた時の感触と似てるんだ、と気づいた。共通するのは「ど緊張」である。
又吉直樹さんのデビュー作『火花』の書き出しは、昭和の文豪のような研ぎ澄まされぶりと選びに選んだ言葉が続く。「うわあ、これでこの先、何百ページも書き切れるんだろうか」と心配になるほどの張りつめなのだ。『カモフラージュ』も同じで、6つの短編の書き出しは、どれも緊張が伝わる。
ムリもない。ごくふつうの30代の男性、20代の女性が作家をめざすのとは違う。どんなにフラットに見てほしいと願ったところで「あのピースの又吉直樹さんが小説を書いた」「お笑い芸人が純文学」、そして「元SKEの松井玲奈さんが作家に!」「アイドルが書いた本ですって」という目線がまず来るのは避けられない。又吉さんと松井さんには名前に背負うものがある。デビューするんだ、という覚悟や気持ちのせめぎ合いは相当だったと思う。で、読み進むうち、「あ、このへんでリラックスしてきたな、ノッているな」とわかるところがあり、好感が持てた。
収録作のうち、松井さん自身と同じ年ごろの女性を描いた「ハンドメイド」「いとうちゃん」「拭っても、拭っても」がいいと思う。主人公たちは、こうなりたいと思っていたものを得た。でも喜びきれない事態に苦しんでいる。
そして彼女たちは手に入れたものを嫌いにならないようにすることが「愛」だと思っている。「私が望んだことだから」と言い聞かせて、ロックのかかった台車を無理矢理押すように前に進もうとしてる。こういう場合、逃げ出すか、戦うかなのだが、これら3作を含め、『カモフラージュ』には思わぬ主人公たちの自己解放、始末のつけ方があり、新しさを感じた。
帯で作家の森見登美彦さんが、明太子スパゲティの描写をほめていた。私が感心したのは豚の生姜焼きだ。松井さんにはもともと、皆が見ていてそうだと感じながらもなかなか突き止められない形容詞、言葉による言いあらわしを、ずばり引き出す勘のよさがあると思う。『アメトーーク!』の「踊りたくない芸人」の、踊れる側ゲストに出ていた彼女は、又吉直樹さんのステップを「ゴキブリを踏みつぶしているみたい」、千原ジュニアさんのダンスを「呪いの人形」と言った。スタジオは爆笑。これは「アイドルが毒舌っぽいことを言ったから」以上の、「たしかに!」「お見事!」の笑いだったと思う。弁当に入れた豚の生姜焼きとはどういうものかを突く彼女のワードセンスに、私は今後も期待する。