【第9回】間室道子の本棚 『おやすみ、東京』 吉田 篤弘/角川春樹事務所

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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おやすみ、東京
吉田 篤弘/角川春樹事務所
 
 
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「時刻は」でも「舞台は」でもなく、「主人公は東京の夜」。
そんなふうに言いたくなる連作短編集。

私は「不夜城」には興味がない。
営業しっぱなし、というのには伸び切ったストッキングとか洗濯物干しっぱなしに似た、
だらしなさ、投げやり感があるからだ。
『おやすみ、東京』のいいところは、夜の楽しさをきちんと突いているところ。
それは、明かりをつける楽しみだ。四方八方電気がつきっぱなしのところには用はない。
闇にぽつんと光るものをめざす。それが夜の醍醐味だ。

映画の小道具の調達屋とか夜専門のタクシー運転手のほか、
「使われなくなった電話の回収係」
「壊れたものに新しい名前をつけて売っている古道具屋」
とか、ほんとうにそんなものあるのかなあという職業の人が出てくるが、
彼らは人が寝静まった時間、誰かのために明かりをともして、町を走る。訪れる人を待つ。
そしてそれを目指す人がいる。
ちっぽけかもしれないけどそこにしかない特別な光は、
人と人をつなぎ、星座にも似た人間模様を描き出す。

「お店の光」のほか、折よく通り過ぎた大型トラックのヘッドライトが木の上を照らし出すとか、
映画スタジオの「撮影中」の赤いランプとか、レイトショーのスクリーンとか、
夜のお風呂場とか、物語には実に魅力的な明かりが出てくるが、私のお気に入りは冷蔵庫だ。
さまざまな家電の中で、自ら明かりをともし、
どうぞ覗いてくださいという親切心いっぱいで人間をむかえてくれる。
こんなものがほかにあるだろうか。
本書では冷蔵庫がまるで魔法の小道具を取り出すもののように描かれ、
世にもおいしそうなコークハイが出現する。

ラストに「おはよう、東京。もうじき朝ですよ」というデタラメな歌が出てくるけど、
朝が来れば「東京の夜」は眠りにつく。
本書を閉じる時には、やはりこう言いたいのだ、「おやすみ、東京」と。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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