【第22回】間室道子の本棚 『不条理な殺人』パット・マガー/創元推理文庫

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『不条理な殺人』
パット・マガー/創元推理文庫
 
 
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著者パット・マガーは1940年代から70年代にかけて活躍した人で、非常にトリッキーなことで有名だった。物語の筋はもちろん、「ミステリの在り方」において、ド肝を抜く作品を次から次へと出したのだ。

たとえば『被害者を探せ!』では、戦地にいる男たちが、殺人犯の名前はわかったのに被害者名が破れて読めない新聞記事をめぐり、関係者たちを知っているという若い兵隊の話を聞きながら、誰が殺されたかを推理する。『四人の女』はある人物がマンションの屋上から落ちていくシーンから始まる。ある男が4人の女をパーティに招いた、目的はこのうちの一人を殺すためだった、というお話で、落下した人物は誰かに向かって物語が進んでいく。『探偵を探せ!』はタイトルどおり、夫を殺した若い妻が、別荘にやってきた4人の人物の中から、死ぬ前に夫が雇った探偵は誰なのかを推理する物語だ。

ざっと挙げただけでも、この作者のただならない魅力がわかるだろう。

で、こういう一世を風靡した作家の、2018年になって初めて日本で訳が出る作品って、「今まで訳されなかったのも無理はない」という、ぶっちゃけ「不出来」のものが多いのだが、この1967年作の『不条理な殺人』は、なぜこれが刊行されなかったのか、不思議なくらいの傑作である。

俳優のマークは、義理の息子ケニーの劇作家デビュー作のタイトルが『エルシノアの郊外』であることを知り動揺する。エルシノアとは『ハムレット』の舞台。そしてかのシェイクスピア劇の内容は、叔父が父親を殺して母をめとったうえに王位に就き、国まで乗っ取られたことに苦悩する王子の話だ。

マークとケニーには、似た過去があった。人気脚本家であったケニーの実父の「事故死」、その後にマークがケニーの母である女優サヴァンナと結婚したこと。あの「事故」の日、4歳だったケニーは何かを見ていたのか?いや、そんなはずは・・・。

マークは、強引に継息子のデビュー作に出演し、この子が何をしようとしているのかをつきとめようとするが、神経質な青年に育ったケニーは打ち解けない。そしてプロデューサー、他の出演者たちの思惑がからんだ舞台稽古は、異様な緊張に満ちていく。そこに乗り込んできたのは・・・。

マークが疑心暗鬼にかられるたび、寝かせておけばよかった過去や記憶があらわになってしまうのが読みどころ。「ミステリの在り方」としてはトリッキーな作品ではないが、ラスト1行が、心理ものを得意とするパット・マガーの円熟味を感じさせる。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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