【第316回】間室道子の本棚 『禁忌の子』山口未桜/東京創元社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『禁忌の子』
山口未桜/東京創元社
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兵庫県の病院の救急医・武田は、ある日搬送されてきた遺体を見て驚く。自分とそっくりだったのだ。似ている、というレベルではない。瓜二つ。身元不明で、自殺なのか事故なのかあるいは、といったこともわからない、海の溺死体。
探偵役として、同じ病院に勤める城崎が登場する。ポイントは、この男に感情がないこと。
もちろん彼も怒ったり喜んだりする。でも己の中にとどめておけない。希望も絶望も一瞬で消える。そんな城崎が武田に、「自分にそっくりな人間が死んでいると、なぜ怖いのか」と質問するシーンにうなった。
だってふつうのミステリって、探偵役が依頼人にこんなこと絶対聞かない!読者であるわれわれも、そりゃ、恐いよね、ですませて先に行っちゃう。
でも、
「自分にそっくりな人間が死んでいると、具体的には、何を怖く感じているのか」
こんな問いは城崎ならでは。そしてここから、事件を解く方向性が生まれていく。
本作のラストに、「あるもの」が出てくる。私の考えでは、たぶん平成あたりまでなら作者は最後のあれを、事故だの災難だのを起こしてなんとか「ダメ」にしたと思うの。でも令和にはGOもあるんだなー。テーマも切り口も違うけど、やはり、「あるもの」のもとになった行為を「あり」で行った純文学を最近読んだ。
閑話休題、そういうわけでラストは衝撃的で、事態を私の精神では支えきれずどんより。それで気づいたの。だから城崎には感情が欠落してるんだ、って。
本書は鮎川哲也賞受賞作で、巻末に付いている選評である先生が「探偵役に既視感がある」と書いていた。たしかに、「イケメンで専門職についていて推理に長けていて喜怒哀楽に左右されない」というキャラクターは古今東西いろいろ浮かぶ。でも『禁忌の子』って、登場人物側も読み手もおののくラストで、探偵役だけが救われてる。なぜなら、彼からはどんな心の動きも、水のように流れていってしまうから。城崎は前代未聞、唯一無二の存在なのだ。山口未桜先生、おみごとー。
で、おどろいたことに本作を「すごくあったかい気持ちで本を閉じられる」と評していた方がいらした。これって、「どんよりとほんわか、どっちが正しい!?」ではない。読む側の今までたどってきた道とか心のありようの違いなんだと思う。
本書の舞台はコロナ禍の終わりが見えてきた2023年。物語には激烈だった頃の救急医療の追想もでてくる。だから、最後のあれは、どんなかたちであれ、ハッピーじゃないか、という受け留めもあろう。
でも一方、私の考えでは、人間はとことん弱い。本書にはある医者とクライアントが誓約書をかわす場面がでてくる。「取引」というより、あのお医者さんにとってはぬくもりある願い、切なる希望の書類だったのに。くう。どよーん。
面白いのは、「ラストはあたたかい」の方も、背負いきれません、の私も、『禁忌の子』を絶賛していること。みなさまが結末をどう取るかが楽しみ。魂を揺さぶられまくってください!
探偵役として、同じ病院に勤める城崎が登場する。ポイントは、この男に感情がないこと。
もちろん彼も怒ったり喜んだりする。でも己の中にとどめておけない。希望も絶望も一瞬で消える。そんな城崎が武田に、「自分にそっくりな人間が死んでいると、なぜ怖いのか」と質問するシーンにうなった。
だってふつうのミステリって、探偵役が依頼人にこんなこと絶対聞かない!読者であるわれわれも、そりゃ、恐いよね、ですませて先に行っちゃう。
でも、
「自分にそっくりな人間が死んでいると、具体的には、何を怖く感じているのか」
こんな問いは城崎ならでは。そしてここから、事件を解く方向性が生まれていく。
本作のラストに、「あるもの」が出てくる。私の考えでは、たぶん平成あたりまでなら作者は最後のあれを、事故だの災難だのを起こしてなんとか「ダメ」にしたと思うの。でも令和にはGOもあるんだなー。テーマも切り口も違うけど、やはり、「あるもの」のもとになった行為を「あり」で行った純文学を最近読んだ。
閑話休題、そういうわけでラストは衝撃的で、事態を私の精神では支えきれずどんより。それで気づいたの。だから城崎には感情が欠落してるんだ、って。
本書は鮎川哲也賞受賞作で、巻末に付いている選評である先生が「探偵役に既視感がある」と書いていた。たしかに、「イケメンで専門職についていて推理に長けていて喜怒哀楽に左右されない」というキャラクターは古今東西いろいろ浮かぶ。でも『禁忌の子』って、登場人物側も読み手もおののくラストで、探偵役だけが救われてる。なぜなら、彼からはどんな心の動きも、水のように流れていってしまうから。城崎は前代未聞、唯一無二の存在なのだ。山口未桜先生、おみごとー。
で、おどろいたことに本作を「すごくあったかい気持ちで本を閉じられる」と評していた方がいらした。これって、「どんよりとほんわか、どっちが正しい!?」ではない。読む側の今までたどってきた道とか心のありようの違いなんだと思う。
本書の舞台はコロナ禍の終わりが見えてきた2023年。物語には激烈だった頃の救急医療の追想もでてくる。だから、最後のあれは、どんなかたちであれ、ハッピーじゃないか、という受け留めもあろう。
でも一方、私の考えでは、人間はとことん弱い。本書にはある医者とクライアントが誓約書をかわす場面がでてくる。「取引」というより、あのお医者さんにとってはぬくもりある願い、切なる希望の書類だったのに。くう。どよーん。
面白いのは、「ラストはあたたかい」の方も、背負いきれません、の私も、『禁忌の子』を絶賛していること。みなさまが結末をどう取るかが楽しみ。魂を揺さぶられまくってください!

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。