【第310回】間室道子の本棚『ミアキス・シンフォニー』加藤シゲアキ/マガジンハウス

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
* * * * * * * *
 
『ミアキス・シンフォニー』
加藤シゲアキ/マガジンハウス
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
* * * * * * * *
 
先日テレビを見ていたら「愛は節税です」というせりふがでてきた。別な作品では「恋愛は美肌効果」と言っていた。

税金とスキンケア。あまりに違うけど、さすが双方人気ドラマ、「ふーん」と思える展開がついていた。

さて本書『ミアキス・シンフォニー』は、「あなたにとって”愛する”ということは何ですか」をテーマにした連作集である。さまざまなバリエーションが出てきて、どれもちょっと歪んでいるのが読みどころ。ある者はそのいびつさを理解しており、ある者には自覚がない。

有名女優の大叔母は舞台製作で成功を夢見る若い甥のため、中野の劇場に豪勢な祝い花を贈る。それは彼の公演ポスターより目立っている。

師匠への思慕を急激に殺意に変える男もいれば、女性問題を起こすイケメンの弟から頼られるたびひそかに自尊心と優越感を抱く兄もでてくる――皆に愛されるこいつが最終的に求めてくるのはいつだって俺だ。

これらを愛の欠落と見るか過剰と取るかは読み手しだい。圧巻はなんといっても6章だ。

西倉まりな。この娘はエキセントリックで、各章でちょいちょい問題行動や問題発言をやらかしてる。彼女が突き詰めたいのは「愛ってなに」。

頭は良く、本もたくさん読んでいて、6章の半ばでは「愛と経営」というオンラインサロンに乗り込みオトナを論破したりする。でもわたしの考えでは、彼女はサロンの「うすっぺら」に対し、「頭でっかち」で対抗してるのでは?

まりなはエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読み込み、そこに「愛の技術の習練」として「経験」とあったので、図書館を出て現実およびネットの世界を歩き回ることにしたのだ。引用は頭のなかからいくらでも湧き出る。でも不安になると「本にこうある」に裏打ちしてもらう行動って、「まりなのもの」なの?何かにつけフロムを引っぱりだす様子にわたしが感じるのは、強度増量ではなく危うさだ。

そんな彼女は同じく愛にとらわれている者の関心を引いてしまう。この人物がめざすのは愛の純粋さだ。誰かを意識して愛されたいと思うのは濁りやノイズ。こちらが愛してるという一点のみを純度高く精製し、それで相手を飲み込む。もっとも混じりけのない、真実の愛の誕生。だから離れないで。私と生きて――。というわけでこの人はまりなに、あることをする。

そんなのただの欲望だエゴだ狂気だ、と思う読者は多いはず。でも、愛とは、「欲望なんです」「はいエゴです」「狂気でけっこう」すら成り立ってしまうのがわれわれの世界。

で、クライマックスでまりなが、問題人物に対して行動に出る。フロムの『愛するということ』に書いてないことだ!場面の目撃者たち、そして読者が驚く場面。

読後何日も、わたしの心はこのシーンから離れない。まりなの行動は何だったのか。作中で出てくる解釈のひとつはもちろん「愛」だ。でもほんとに愛?愛じゃないなら何?

そして思ったの。これこそが、作者・加藤シゲアキさんの望みなのではないか。

古代から現代まで、哲学、歴史、科学などさまざまな分野で愛は言及、研究されてきた。で、サイエンスや学術書を「結局よくわかりませんでした」で結ぶことはできない。多岐にわたるジャンルのなかで、文学だけが、「愛は謎です」で終われる。

多くの作家が愛情のひとつのかたちを書き上げるが、加藤さんは読み手に「答え」ではなく「問い」を出したのだ。「あれは何、と思い続けて」と。

まりなの行動も結果そうなんじゃないかと思う。わたしの考えでは、誰かを意識することなしに自分の純度だけ上げるって「思考停止」と同じ。だってあの人物から伝わるのは、大いなる満足でも幸福でもなく、膨大なうつろ。だからまりなは相手に全身で問うたのだ。「これが何だか、考え続けて」と。

今までにない小説の質感を出すことに成功したスタイリッシュでミステリアスな作品。おすすめです。
 
* * * * * * * *
 
(Yahoo!ショッピングへ遷移します)
 
 
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

SHARE

一覧に戻る