【第308回】間室道子の本棚 『ダンス』竹中優子/新潮社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ダンス』
竹中優子/新潮社
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帯に「今日こそ三人まとめて往復ビンタしてやろう」とあり思わず笑ってしまった。愉快愉快。なんという爽快さ。もちろん暴力反対!でも、私が小学生の時、ビンタが流行していたのである!!

あの頃、昭和の後期、少女漫画のキメの手段としてよく平手打ちが使われていた。気位の高い学年の女王をヒロインが、弱音を吐く新人を女子バレー部のキャプテンが、夢をあきらめる娘を母親が、浮気した彼氏を彼女が、一発。これがクラスで流行った。女子同士、理由をつけては相手をぶとうとしたのである!!!

まあ実際は「ビンタごっこ」。仲良しのじゃれ合いだろうがほんとにキーッとなってであろうが、頬をきれいに平手打ちって、できない。「往復」なんて夢のまた夢。足はもつれ、手は空振りで、当たったところでアゴとか耳のうしろとかでへろへろ。変な空気になり、そのうち昼休みは終わるのであった。

前置きが長くなったが、帯でシビれた文章がそのまま本書の書き出しであった。三人まとめて往復ビンタをユメみる「私」は二年目の女性会社員。ここ三ヵ月、新人の頃仕事を教えてくれた、頼れるお姉さん的な下村さんがすごく休む。同じ部署の男性(下村さんと同年代。このあと「かまぼこ1」と命名される)と女性(採用されて四ヵ月。「かまぼこ2」)も欠勤がち。仕事が「私」に回ってくる。ビンタ願望、無理もないですわね。

で、木曜休んで金曜出社の下村さんに飲みに誘われ、明かされたのは、彼女とかまぼこ男女の三角関係。かまぼこ1と下村さんは周囲にナイショで二年あまり一緒に住んでおり「互いの両親にご挨拶」までいってたんだけど、四ヵ月前のかまぼこ2の出現により・・・。1はすでに2と同居しているという。

面白いなあと思ったのは「部外者」ということ。恋愛において当事者なのは下村さんとかまぼこたちであり、主人公は外。しかし三人が来たり来なかったりで宙に浮いた業務は「同じ部署だから」と「私」に課せられる。むう。

ほかにも、「会社に黙って二年間同棲していて関係が破局した時の住宅手当の新規申請」とか「え、こっちが異動?!」とか「自分の送別会なのに居場所がない」とか「本人たちが秘密だと思っていることって意外と皆にバレていて、一方嫌われているとか仲間外れではないのにそういう話がぜんぜん届かない人がいる」など、勤め人あるあるにうなる。芸能人だの業界人だのスーパーハイパーなんちゃらだのより謎に満ちた場所にいる。それがニッポンの会社員!

閑話休題、最大の読みどころは、物語が「ビンタしたい」から離れないこと。このテのお話は「下村さんと今までにない交流を深めるうち彼女は対象から外れた」となりがちだけど、主人公の一発殴りたい気持ちは続く。そこがユニーク。

わたしの考えでは、平手の底にあるのは「相手を痛めつけたい」ではなく「目をさませ!しっかりしろ!」というメッセージなのだ。下村さんと「私」は互いに存在がビンタ。そんな読み味。タイトル、『ダンス』じゃなく思い切って『ビンタ』でもよかった。むうう。

第56回新潮新人賞受賞作で、第173回芥川賞候補作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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