【第298回】間室道子の本棚 『作家とおしゃれ』平凡社編集部編/平凡社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『作家とおしゃれ』
平凡社編集部編/平凡社
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臆してしまった。『作家と猫』、『作家と酒』、『作家と珈琲』。平凡社のソフトに作られたこのシリーズを私は楽しみにしていて、珈琲は大好きなので躊躇なく手に取り、飼ってはいないけど『猫』を読み、呑兵衛ではないが『酒』も楽しんだ。でも今回は――。
私は、着る物にまったくかまわないで来た。シャツやずほんを買い替えるのは、すり切れたり破れたり色褪せたりした時である。(メイヨのために言っておくが、廃棄寸前まで着ていた服は清潔ではあります)。先日ある作品を読んでいて「女の子ならば、子供の頃のお気に入りの洋服に付いていたボタンを、ほとんど思い出せるもの」という一行のあと、「白い貝ボタン、ギンガムチェックの布を巻いたボタン、革を巻いたコートのボタン」などいろいろあげてあり、「これが女の子なら、私はそうではない」と思った。そもそも「お気に入りの服」というのが、覚えていないのではなく存在しなかった。
そんな私でも、不思議なことにカッコイイ服装はわかるのである。本書の表紙を見よ!白洲正子先生の上着と鞄の粋。煙草に加えて脚の角度も満点。見えるか見えないかのぎりぎりだが、合わせた靴にもシビれる。
また、章のとびらには、格子柄の着物の幸田文先生(後ろ襟の抜き方!)や中国服姿の芥川龍之介(映画のようである)、白の甚平を着てステッキを持った太宰治(この人にココロひかれた女性たちが多かったのがうなずける)などの写真があり、章タイトルも「とっておきのよそいき」やら「こだわりの着こなし」やら「夢に見たあのスタイル」やら、自分とは無縁の世界・・・。
で、うなだれてぱらぱらめくり、ひらいたのが小川洋子先生の「フィレンツェの赤い手袋」。読んだ。あ、おしゃれって、これでいいいんだ、と思った。私の身構え、かたくなだった気持ちが、たちまち溶解。
子供のころの小川先生にとって、手袋はしもやけ対策。大人になってからは必需品ではなくなった。でも上品で綺麗な色の革製のものがあれば、と思っていた先生は、フィレンツェ旅行中に手袋専門店に迷い込む。観光客の来ないエリアの薄暗い小さなお店。腰回りのがっしりした、ちょっと怖そうな女性店主。三方の壁にはおびただしい数の手袋!
そこで先生は、ある童話を思い出しながら、女性店主とともに、ご自身にぴったりの、というか、ふだんの自分だったら選びそうにないものに決め、買う。”店主とともに”と書いたけど、このどっしりした女性はほぼ無言。でも、おしゃれへの道って、品物とともに人との出会いでもあるな、と思えた。そんな、たまらなく愛おしい一編だったのである。
ほかに、「さまざまな事情から旅行はめったにしないのに、三年間で四個の鞄を買った。自分は新しいそれらを床に置き、金具を外して大きく開くとき、あるものをイメージする」と綴る吉行淳之介。芥川賞の授賞式に着ていく黒いドレスを探す村田沙耶香。地方の高校生だったが東京の一高にあこがれ、帽子だけを手に入れて夏の軽井沢を旅していたところ、若く美しい姉妹と出会って――という切ない萩原朔太郎まで、全46篇。わたしはおしゃれに縁遠いな、と思っている人ほど沁みると思います。おすすめ!
私は、着る物にまったくかまわないで来た。シャツやずほんを買い替えるのは、すり切れたり破れたり色褪せたりした時である。(メイヨのために言っておくが、廃棄寸前まで着ていた服は清潔ではあります)。先日ある作品を読んでいて「女の子ならば、子供の頃のお気に入りの洋服に付いていたボタンを、ほとんど思い出せるもの」という一行のあと、「白い貝ボタン、ギンガムチェックの布を巻いたボタン、革を巻いたコートのボタン」などいろいろあげてあり、「これが女の子なら、私はそうではない」と思った。そもそも「お気に入りの服」というのが、覚えていないのではなく存在しなかった。
そんな私でも、不思議なことにカッコイイ服装はわかるのである。本書の表紙を見よ!白洲正子先生の上着と鞄の粋。煙草に加えて脚の角度も満点。見えるか見えないかのぎりぎりだが、合わせた靴にもシビれる。
また、章のとびらには、格子柄の着物の幸田文先生(後ろ襟の抜き方!)や中国服姿の芥川龍之介(映画のようである)、白の甚平を着てステッキを持った太宰治(この人にココロひかれた女性たちが多かったのがうなずける)などの写真があり、章タイトルも「とっておきのよそいき」やら「こだわりの着こなし」やら「夢に見たあのスタイル」やら、自分とは無縁の世界・・・。
で、うなだれてぱらぱらめくり、ひらいたのが小川洋子先生の「フィレンツェの赤い手袋」。読んだ。あ、おしゃれって、これでいいいんだ、と思った。私の身構え、かたくなだった気持ちが、たちまち溶解。
子供のころの小川先生にとって、手袋はしもやけ対策。大人になってからは必需品ではなくなった。でも上品で綺麗な色の革製のものがあれば、と思っていた先生は、フィレンツェ旅行中に手袋専門店に迷い込む。観光客の来ないエリアの薄暗い小さなお店。腰回りのがっしりした、ちょっと怖そうな女性店主。三方の壁にはおびただしい数の手袋!
そこで先生は、ある童話を思い出しながら、女性店主とともに、ご自身にぴったりの、というか、ふだんの自分だったら選びそうにないものに決め、買う。”店主とともに”と書いたけど、このどっしりした女性はほぼ無言。でも、おしゃれへの道って、品物とともに人との出会いでもあるな、と思えた。そんな、たまらなく愛おしい一編だったのである。
ほかに、「さまざまな事情から旅行はめったにしないのに、三年間で四個の鞄を買った。自分は新しいそれらを床に置き、金具を外して大きく開くとき、あるものをイメージする」と綴る吉行淳之介。芥川賞の授賞式に着ていく黒いドレスを探す村田沙耶香。地方の高校生だったが東京の一高にあこがれ、帽子だけを手に入れて夏の軽井沢を旅していたところ、若く美しい姉妹と出会って――という切ない萩原朔太郎まで、全46篇。わたしはおしゃれに縁遠いな、と思っている人ほど沁みると思います。おすすめ!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。