【第245回】間室道子の本棚 『はなればなれに』ドロレス・ヒッチェンズ 矢口誠訳/新潮文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『はなればなれに』
ドロレス・ヒッチェンズ 矢口誠訳/新潮文庫
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65年前の作品なのに、令和の若者小説みたいで驚いた。

満足のいかない人生の途中にいる22歳のスキップとエディ、そして17歳のカレン。この男2,女子1の三人組が「カレンがお世話になっているおばさんの家にある謎の大金」を盗もうとするんだけど計画はずさん。闇に手を出す今の10代20代ってこんな心境なのかな、と思った。

まず、希望は白昼夢。エディはお金が手に入ったら自分は車を買い、苦労続きの母にはネックレス、きれいな服、高級店のショーウィンドーにあるようなハンドバッグをプレゼントとする、椅子とか絨毯とかの家具も、と夢想する。とんだ孝行息子である。いきなり羽振りがよくなったら犯行がバレるじゃん、は頭にない。

リーダーというより他の二人をサディスティックなお楽しみみたいに支配しているスキップも同じ。さきほどずさんと書いたが、彼はスリルをともなう下調べはやりたがるけどあとはわざと計画を立てない。なんでも即興で行動し、その場で決断を下したいのだ。私には手に取るように彼の気持ちがわかる。なぜなら、そのほうがカッコイイからだ!

カレンは「純情と愚鈍は紙一重」なタイプで、ワルいスキップの気を引きたくて家の秘密を話してしまったのが運のつき。この子にほだされていくエディも、物語開始15ページ目では「ある意味マヌケな娘」「スキップがどんな人間かわかっていれば、5セント以上の金の話なんかするはずない」と呆れている。そしてウブの権化だった少女は、スキップの興味をおばさんの金からそらしたいが、自分への関心は失いたくない、という「女の計算」めいた顔も見せていく。

男二人がカレンを取り合う的な展開もあるんだけど、私の考えでは、結局スキップとエディはお互い相手にどう見られてるかがだいじで、異性より同性との関係優先。こんなところも、令和の今も脈々と続いている「男といういきものの生態」っぽいなと思った。

閑話休題、謎の大金は、ある人物がある場所から定期的におばさん宅に運んでくる。サスペンスファンなら頭に浮かぶであろう税金対策とか横領を超えて、「これはどういう金なのか」にミステリーとしての工夫があり面白かった。

で、若い三人で実行するはずだった話に大人が絡んできたことから物語は暴走し出す。

1958年の本作と2023年の現実の若者が恐れるのは、町にあふれる死んだ目をした年長者みたいになること。横取り気分満々でスキップに接近してきた男らのまなこも同じ。ぎらついた奥にあるのは生気じゃない。あがきだ。

夢に心あかるくしてでも、絶望に駆られてでもない。犯罪に手を出すのに、がむしゃらさもない。己のスタイル優先で、なにも考えてません、という無軌道だけが動力。

登場人物の誰にも共感できないクールさ。ぶざまを描いていながらたいへん粋。こんな世代の暗黒小説を仕上げたドロレス・ヒッチェンズに脱帽だ。原題は『Fool’s Gold』。カッコイイね!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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