【第244回】間室道子の本棚 『二周目の恋』一穂ミチ 窪美澄 桜木紫乃 島本理生 遠田潤子 波木銅 綿矢りさ/文春文庫
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『二周目の恋』
一穂ミチ 窪美澄 桜木紫乃 島本理生 遠田潤子 波木銅 綿矢りさ/文春文庫
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漫画『東京リベンジャーズ』やドラマ『ブラッシュアップライフ』『最高の教師』のヒットで、”何周目の人生”というのが注目されている。本作はタイトルどおりのアンソロジーだ。
二周目は二番目とは違う。たとえば小三の一学期に初恋をした女の子が夏休みを経て破局し、二学期に別な男子を好きになったとする。これは「二周目」ではないだろう。そう言うには、ある程度の経験をして、酸いも甘いもかみ分けて、が必要と思われる。
本書には、男の人から好きだとかかわいいねではなく、「体がエロい」と言われてきた主人公が37歳で体験する二つの情事あり、夫が亡くなったあと同性にひかれていく女性の物語あり。自分たちの一周目から二周目にいくにはどうしたってきちんと告白されたい!とじたばたする女子大生もいる。
おすすめは波木銅の「フェイクファー」。
波木さんは現在24歳の書き手で、この欄では233回で『万事快調 オール・グリーンズ』を紹介した。私は彼のことを考えると、結成20周年の人気お笑いトリオ「東京03」の飯塚悟志さんが気鋭のコントユニット「ダウ90000」の主宰・蓮見翔さんについて語っていたことを思い出す。
かなわない、とテレビで飯塚さんは言っていたのである。「今その文化に身を置いている人が書くリアルには追いつけない。たとえばダウ90000にサブカルチャーの店ヴィレッジ・ヴァンガードをテーマにしたねたがあるんだけど、あんなの俺たちには書けない」と声のボリュームをあげていた。
閑話休題、「フェイクファー」にでてくる令和真っただ中の関係にはうなった。
舞台は大学のサークルで、彼らは卒業まで本名を知らない。あだ名のみで十分なのだ。昭和、平成ならつきあいが長くなるうち「ところでほんとはなんていうの?」にいきそう。それが相手とより濃く深く知り合うことだという頭があるからだ。でも「フェイクファー」のみんなは、それナシでいく。
本名どころか、相手の性別さえよくわかってないまま彼らは仲良くなる。「そういうことを聞くのは今の時代NGだから」ではない。「失礼だよね」すら浮かぶことなく、彼らはすんなり関係していける。
もちろん、今30代40代50代60代70代の作家だって現在の大学を舞台にした作品は書けるだろう。大いなる想像力があるし、取材という手もある。でも、前出の飯塚さんが言っていた、「今、まさにその文化に身を置いている者のリアリティ」にはかなわない。で、おそらく多くの作家が波木銅の出現に、笑うと思うのだ。
デビュー作『万事快調 オール・グリーンズ』は松本清張賞を受賞していて、選考員の方々、とくに辻村深月さんのハイテンションぶりはみもの(文庫帯をご覧ください)。東京03の飯塚さんがダウ90000を語ったときのひときわ大きな声も、すごく明るくうれしそうだった。
そりゃあ嫉妬もあるだろう。でも先輩たちが見ているのは「自分VS新人」ではなく、お笑いおよび文学というフィールドなのだ。こんな人が出てくる底知れなさに感動し、興奮する。それが「今まさに身を置いているもののリアリティ」ではないか。たとえば波木さんに文学賞の選考委員はできないし、蓮見さんに「15年も前にもらったカフェの開店祝いのコンポ、何回壊れても修理できちゃう。新しいのに買い換えたいのにな、きーっ」というねたは書けないだろう。先達者と新人、やれることはそれぞれに広くある。。
再び閑話休題、「フェイクファー」を読んでいてもっとも「あ、そうなんだ~」と思ったのは、主人公の男の子があることを就活のガクチカ(ちなみに、”学生時代に力を入れていたこと”です)で話そう、と勇んで考えるシーン。私はいっぱしのリベラル、フラットと、思っていたけどぜんぜん足りない。今はこういう時代だ!
二周目は二番目とは違う。たとえば小三の一学期に初恋をした女の子が夏休みを経て破局し、二学期に別な男子を好きになったとする。これは「二周目」ではないだろう。そう言うには、ある程度の経験をして、酸いも甘いもかみ分けて、が必要と思われる。
本書には、男の人から好きだとかかわいいねではなく、「体がエロい」と言われてきた主人公が37歳で体験する二つの情事あり、夫が亡くなったあと同性にひかれていく女性の物語あり。自分たちの一周目から二周目にいくにはどうしたってきちんと告白されたい!とじたばたする女子大生もいる。
おすすめは波木銅の「フェイクファー」。
波木さんは現在24歳の書き手で、この欄では233回で『万事快調 オール・グリーンズ』を紹介した。私は彼のことを考えると、結成20周年の人気お笑いトリオ「東京03」の飯塚悟志さんが気鋭のコントユニット「ダウ90000」の主宰・蓮見翔さんについて語っていたことを思い出す。
かなわない、とテレビで飯塚さんは言っていたのである。「今その文化に身を置いている人が書くリアルには追いつけない。たとえばダウ90000にサブカルチャーの店ヴィレッジ・ヴァンガードをテーマにしたねたがあるんだけど、あんなの俺たちには書けない」と声のボリュームをあげていた。
閑話休題、「フェイクファー」にでてくる令和真っただ中の関係にはうなった。
舞台は大学のサークルで、彼らは卒業まで本名を知らない。あだ名のみで十分なのだ。昭和、平成ならつきあいが長くなるうち「ところでほんとはなんていうの?」にいきそう。それが相手とより濃く深く知り合うことだという頭があるからだ。でも「フェイクファー」のみんなは、それナシでいく。
本名どころか、相手の性別さえよくわかってないまま彼らは仲良くなる。「そういうことを聞くのは今の時代NGだから」ではない。「失礼だよね」すら浮かぶことなく、彼らはすんなり関係していける。
もちろん、今30代40代50代60代70代の作家だって現在の大学を舞台にした作品は書けるだろう。大いなる想像力があるし、取材という手もある。でも、前出の飯塚さんが言っていた、「今、まさにその文化に身を置いている者のリアリティ」にはかなわない。で、おそらく多くの作家が波木銅の出現に、笑うと思うのだ。
デビュー作『万事快調 オール・グリーンズ』は松本清張賞を受賞していて、選考員の方々、とくに辻村深月さんのハイテンションぶりはみもの(文庫帯をご覧ください)。東京03の飯塚さんがダウ90000を語ったときのひときわ大きな声も、すごく明るくうれしそうだった。
そりゃあ嫉妬もあるだろう。でも先輩たちが見ているのは「自分VS新人」ではなく、お笑いおよび文学というフィールドなのだ。こんな人が出てくる底知れなさに感動し、興奮する。それが「今まさに身を置いているもののリアリティ」ではないか。たとえば波木さんに文学賞の選考委員はできないし、蓮見さんに「15年も前にもらったカフェの開店祝いのコンポ、何回壊れても修理できちゃう。新しいのに買い換えたいのにな、きーっ」というねたは書けないだろう。先達者と新人、やれることはそれぞれに広くある。。
再び閑話休題、「フェイクファー」を読んでいてもっとも「あ、そうなんだ~」と思ったのは、主人公の男の子があることを就活のガクチカ(ちなみに、”学生時代に力を入れていたこと”です)で話そう、と勇んで考えるシーン。私はいっぱしのリベラル、フラットと、思っていたけどぜんぜん足りない。今はこういう時代だ!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。