【第242回】間室道子の本棚 『お金本』左右社編集部編/左右社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『お金本』
左右社編集部編/左右社
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2019年の刊行だが今回のおすすめ。タイトルどおり、文豪から現代の書き手まで、96人のお金をめぐる悲喜こもごもが収録されたアンソロジーである。来年わが国の紙幣になる渋沢栄一から始まっているのが印象深い。「金はそれ自身に善悪を判別するの力はない。善人がこれを持てば、善くなる。悪人がこれを持てば、悪くなる」 こんな言葉を遺した人の肖像が印刷された一万円札を握りしめる時、われわれはどういう顔をしているでしょう。

「こんな大金を遣いました」は無く、倒産、困窮、節約、前借り、何をお金に換えたかなど、たいへんだけどつい笑ってしまう貧乏話の数々。泣くか笑うかのラインで後者を選ぶのは物書きの本能なのだろう。「お金がなくてこんなにみじめ」だけでは読み手はいたたまれないからだ。

太宰治がすごい。友人への借金申し込みの手紙に「貴兄に五十円ことわられたら、私、死にます」とある。でも彼はこれをにやにやしながら書いていたのでは、と思うのだ。短文の中に自己憐憫をこれでもかと詰め込む太宰文学の真骨頂がいかんなく発揮されているし、「生命がけのおねがひ」「ぜひとも、お助けください」と畳みかけるさまは名人芸。こういうの、慣れてるでしょう!というかんじがうかがえるのである。親友は、”太宰君、気の毒ね。うるうる”と同情してではなく、あきれてもう貸すしかなかったのではないか。

現代では村上春樹、町田康、忌野清志郎、角田光代、山田詠美らが登場。魔夜峰央や石ノ森章太郎の漫画もある。わたしがもっとも打たれたのは北野武監督のエッセイだ。

自伝ドラマや数々の著書にあるが、監督の家は貧しかったけどお母さんが心のこもった教育をしていた。「ウチは貧乏だったけど、母親は商店街で投げ売りをしているような店には絶対並ばなかった。どんなに遠い店でも、1円のお客を大切に扱う店に通っていた」という文章が沁みる。

すごいものを買った話はひとつだけある。詩人でエッセイストの佐野洋子は、ある日ある場所からの帰り道、家の近所の車屋に行き、イングリッシュグリーンのジャガーを目にして「それ下さい」と指さす。

自分のことを「国粋主義者」と位置づけ、外車には乗らない、中古の外車を買う奴が一番嫌、と己に刷り込んでいた彼女だが、心の中ではイングリッシュグリーンのジャガーが一番美しいとずっと思っていたのだ。この日がどういう日だったか。胸に刺さる一編だ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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