【第211回】間室道子の本棚 『いつか深い穴に落ちるまで』山野辺太郎/河出書房新社『孤島の飛来人』山野辺太郎/中央公論新社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『いつか深い穴に落ちるまで』
山野辺太郎/河出書房新社
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『孤島の飛来人』
山野辺太郎/中央公論新社
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新人作家・山野辺太郎さんの本をふたつご紹介。
文藝賞を受賞したデビュー作『いつか深い穴に落ちるまで』は、「第二次大戦で壊滅的な打撃を受けた航空産業に取って代わる交通手段の開発」をはじめ、戦争放棄&世界平和記念、東京五輪集客、究極の防空壕、オイルショック対策といった、どこまで本気かわからない理由により「日本からブラジルまで穴を掘って移動通路にする」というプロジェクトのお話だった。
二作目の『孤島の飛来人』は、大手自動車メーカーがフランス企業の傘下に入ることになり、このままだと真っ先に取りつぶしになりそうな「風船による飛翔開発チーム」が密かに実験を決行。横浜のビルから巨大な6つの風船を背負い夜空に飛び立った青年は上司の待つ父島をめざすが、降り立ったのは北硫黄島だった。無人島であるはずのそこには人がいて、小さくて奇妙な国家ができあがっていた、という物語だ。
九月に当店でおこなったオンラインイベントの山野辺さんの発言で印象に残っていることがある。東大でドイツ文学を学んでいた彼は当時から創作もしていて、学内の文学賞でいいところまでいったりしていた。で、院に進んだのだけど研究者になる道はザセツ。二十代半ばで就職したところ、「会社員になったら小説が自由に書けるようになった」。おお。
通常、お勤めするって執筆の足枷的に考えられる。作家志望でなくても、数々のハラスメント、サービス出勤、残業代の未払いなど社会問題もいろいろ噴出。でも会社が人を自由にすることだってあるのだ。山野辺さんによれば、なんといっても「自分はどうやって食べていくのか」という不安がなくなったのが大きいそうだ。生活の保障は心の安定となり、思い切った、キテレツな、開いた口がふさがらない(いずれもホメ言葉です)物語たちが花開いたわけである。
こういう山野辺作品をどう位置づけるか。SFではない。ファンタジーとも違う。なんかないかねえ、と思いつつ、わが国にはぴったりの言葉があると気づいた。法螺ばなしである。
法螺は難しい。だって「嘘をついて」と言われたら誰でもできるが、「法螺を吹いて」はおいそれとはできない。嘘は口先三寸だが法螺には世界観が必要だからだ。
『いつか深い穴に落ちるまで』は地中、『孤島の飛来人』は宙。一作目と二作目、高低差ありすぎだが、ふたつには「会社員小説」という共通点がある。ここがすごい。
古今東西の民話や落語の法螺ばなしは、ふだんからにぎやかな人や村のお調子者が騒動を起こしていく。一方山野辺作品に登場するのは「ニッポンの会社員および会社組織」。ブラックもあるけれど、世界におけるジャパニーズ・カンパニーのイメージはいまだに真っ当、堅実、安全第一で、三拍子そろった企業精神はもはや日本文化。そこで彼らに課せられるのが法螺っぽい業務なのである!
でも読んでいて不思議と「いや、無理でしょ」と思わない。話がNHKプロジェクトX的に大真面目に進んでいくので、「もしかしたらいけるのか?」とケムに巻かれてしまう。みんなが一丸となって成し遂げようとする感動もある。二作とも戦争の悲惨さにきちんと切り込んでいるのも素晴らしい。
そしてかえすがえすも法螺なので、お話の要所で笑いもある。これが今まで読んだことがない角度から来るテイスト。わたしのお気に入りは、『深い穴』では「温泉掘削機で穴を掘っていたら温泉が出たのでみんな驚いた」というシーン。『飛来人』ではお弁当を包んでいるバナナの葉っぱに言及するところ。
若い作家がこういう世界を見せてくれるって頼もしい。二冊ともおすすめ!
文藝賞を受賞したデビュー作『いつか深い穴に落ちるまで』は、「第二次大戦で壊滅的な打撃を受けた航空産業に取って代わる交通手段の開発」をはじめ、戦争放棄&世界平和記念、東京五輪集客、究極の防空壕、オイルショック対策といった、どこまで本気かわからない理由により「日本からブラジルまで穴を掘って移動通路にする」というプロジェクトのお話だった。
二作目の『孤島の飛来人』は、大手自動車メーカーがフランス企業の傘下に入ることになり、このままだと真っ先に取りつぶしになりそうな「風船による飛翔開発チーム」が密かに実験を決行。横浜のビルから巨大な6つの風船を背負い夜空に飛び立った青年は上司の待つ父島をめざすが、降り立ったのは北硫黄島だった。無人島であるはずのそこには人がいて、小さくて奇妙な国家ができあがっていた、という物語だ。
九月に当店でおこなったオンラインイベントの山野辺さんの発言で印象に残っていることがある。東大でドイツ文学を学んでいた彼は当時から創作もしていて、学内の文学賞でいいところまでいったりしていた。で、院に進んだのだけど研究者になる道はザセツ。二十代半ばで就職したところ、「会社員になったら小説が自由に書けるようになった」。おお。
通常、お勤めするって執筆の足枷的に考えられる。作家志望でなくても、数々のハラスメント、サービス出勤、残業代の未払いなど社会問題もいろいろ噴出。でも会社が人を自由にすることだってあるのだ。山野辺さんによれば、なんといっても「自分はどうやって食べていくのか」という不安がなくなったのが大きいそうだ。生活の保障は心の安定となり、思い切った、キテレツな、開いた口がふさがらない(いずれもホメ言葉です)物語たちが花開いたわけである。
こういう山野辺作品をどう位置づけるか。SFではない。ファンタジーとも違う。なんかないかねえ、と思いつつ、わが国にはぴったりの言葉があると気づいた。法螺ばなしである。
法螺は難しい。だって「嘘をついて」と言われたら誰でもできるが、「法螺を吹いて」はおいそれとはできない。嘘は口先三寸だが法螺には世界観が必要だからだ。
『いつか深い穴に落ちるまで』は地中、『孤島の飛来人』は宙。一作目と二作目、高低差ありすぎだが、ふたつには「会社員小説」という共通点がある。ここがすごい。
古今東西の民話や落語の法螺ばなしは、ふだんからにぎやかな人や村のお調子者が騒動を起こしていく。一方山野辺作品に登場するのは「ニッポンの会社員および会社組織」。ブラックもあるけれど、世界におけるジャパニーズ・カンパニーのイメージはいまだに真っ当、堅実、安全第一で、三拍子そろった企業精神はもはや日本文化。そこで彼らに課せられるのが法螺っぽい業務なのである!
でも読んでいて不思議と「いや、無理でしょ」と思わない。話がNHKプロジェクトX的に大真面目に進んでいくので、「もしかしたらいけるのか?」とケムに巻かれてしまう。みんなが一丸となって成し遂げようとする感動もある。二作とも戦争の悲惨さにきちんと切り込んでいるのも素晴らしい。
そしてかえすがえすも法螺なので、お話の要所で笑いもある。これが今まで読んだことがない角度から来るテイスト。わたしのお気に入りは、『深い穴』では「温泉掘削機で穴を掘っていたら温泉が出たのでみんな驚いた」というシーン。『飛来人』ではお弁当を包んでいるバナナの葉っぱに言及するところ。
若い作家がこういう世界を見せてくれるって頼もしい。二冊ともおすすめ!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。