【第200回】間室道子の本棚 『独り舞』李琴峰/光文社文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『独り舞』
李琴峰/光文社文庫
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台湾出身の李琴峰さんが日本語で書き上げた作品。「彼女」と表記される主人公は逃げようとしている。何から?自分自身から。

起きたことを「忘却」できず、「訣別」もかなわず、「和解」も困難。そんな二十数年が端正に綴られていく。

小学四年生の時に、月の映った夜の湖を思わせる瞳を持つ女の子に惹かれ、彼女は自分が性的マイノリティであると直感する。でも一年後、その子は交通事故で死んでしまった。また、時を置かずに発生した「九二一台湾大震災」。主人公は死にとりつかれてゆく。

心配した両親が手配したお寺でのお祓いも西洋医学のカウンセリングも効かなかったけど、死について詩や小説を書くことが彼女の生きるすべとなっていく。

落ち着きを取り戻し、名門女子高に進学し、恋人もできた。だが運命は残酷だった。

私が私でなければあんな目に遭わずに済んだのかという思いと、事件を知った周囲からの同情や好奇の目。すべてに耐えかね、大学卒業と同時に彼女は日本をめざす。

東京のレズビアンたちとの交流、母語ではない言葉を使う日常と異邦人としての暮らし。マイノリティ度が増していくように見えて、主人公の世界は広がっている。

しかし安住と思えた場所はいつも壊れてしまう。究極の自分からの逃走として、彼女はふたたび死を思うが・・・。

モーツァルトの「レクイエム」、左耳を切り落として愛する女性に贈り、のちに自死したゴッホ、杜甫の「国破れて山河在り」の詩、邱妙律、太宰、芥川、三島など私の心をとらえた作家は自ら命を閉じていると彼女が気づくなど、物語にはたくさんの死と作品が出てくる。そして象徴のように、「茨の鳥」の伝説が語られる。

彼らは一生に一度しか歌わない。命をかけ、美しく鳴くのだ。神でさえ、耳を傾けるほどの声で。

大学時代に通っていた精神科の先生と主人公の会話も興味深い。久しぶりに小説を書こうとしたが上手くいかなかった彼女は、日記は書けるのになぜ、という点から事態を掘り下げていく。日記には読者がいない。でも小説は読まれるためのものだから、書く時が孤独でも、未来に他者からのまなざしがある。

「舞」も同じなのではないかと本書を読み進むうち思った。茨の鳥は単に死にたいのではない。誰かに向けて歌うのだ。それと同じで、ただの動作が「振る舞い」となるとき、私たちには必ず相手がいる。主人公が自分への始末のつけかたを「独り舞」だと思うなら、その先には――。

いつも締め出され、遠ざけられた、と思っていた彼女が「ほんとうに閉ざされていたもの」に気づくシーンが光る。忘却、訣別、和解、という順番や選択なしに、ふと、解放されている。そんな生きる瞬間を描く、2017年群像新人文学賞優秀作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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