【第181回】間室道子の本棚 『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ/集英社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ミーツ・ザ・ワールド』
金原ひとみ/集英社
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主人公は27歳の銀行員、由嘉里。彼女は腐女子で焼肉を擬人化した漫画にどハマリしている。でも周囲には内緒。
同僚に誘われ、引き立て役とわかっていて出向き、あんのじょう傷ついた合コンの夜、歌舞伎町で泥酔した彼女はこの近所に店と自宅マンションがあるというキャバ嬢のライに助けられる。由嘉里にとっては「あなたみたいになりたかった。あなたみたいに生きたかった。あなたみたいな顔に生まれたかった」である美しいライには、「この世から消失したい」という強い思いがあった。「この気持ちは自分の体に違和感を抱いた人が性転換するのに似てるんじゃないかな。生きているのは不自然。消えているのが私のあるべき姿」とフラットに言い放つ。
実家暮らしで母親とうまくいっていないことを接客業の手腕で見抜いた(?)ライに、「家に帰りたくないならここに」と言われ、銀行員とキャバ嬢の奇妙な同居がはじまる。
読んでいて、いいなあ、と思ったのは由嘉里がライを言うときの、「死にたみ」という言葉だ。
LGBTQやADHD、うつなど、今まで「そんなの異常」とか「気の持ちようだ」「そのうち治る」「なぜ皆と同じにできないんだ」「単なるわがままだろう」と言われてきた人たちへの理解や社会平等を求める声が高まり、「多様性」が広まっているが「存在したくないのだ」という人にじゃあ死んでいいよとはならない。やっぱり「それはおかしい」「気持ち次第だよ」になってしまうだろう。
由嘉里にはライの抱えているものが、よくある自殺願望や自己破壊衝動ではないとわかっているのだ。毎日リストカットをするとか薬や練炭や縄紐を買いに行くとかいきなりビルに駆けあがって飛び降りるとかではない。そう、ライはそんなことはしない。人に話したり聞いたりする時、便宜的に「私、死ぬよ」とか「ライさんが死にたがっていることを知っていますか」とか、ふたりとも「死」という言葉を使ってはいる。でも「消えたい」=「死ねば解決」ではない、なにかもっと、という思い――。「死にたみ」という言葉が、それをすくい取ろうとしている。
もうひとつの読みどころは、ライに生きていてほしいと奮闘する由嘉里が、自分の「生きてしまえている」という状況と向き合うところ。
物語には、自分の妻の複雑な事情を抱えるナンバーワンホストのアサヒ、ゴールデン街のバーの店主のオシン、「幸せも不幸も等しく私を不幸にする」というルーマニアの思想家シオランボットの言葉を引用し、自分の家庭をぶち壊した壮絶な過去を持つ作家のユキなど、多彩な人たちが登場。彼らに出会ったことで由嘉里はおおいに変化していく。それが、「やっぱりリアルな恋愛しなくちゃ」とか「キャバ嬢のアドバイスでオタク女子がイケてる女性に変身!」でないのが素晴らしい!
由嘉里がライに「反対」するのは、感情の対立ではない。見えている眺めが違うのだ。だから彼女は同じものを見ようとした。それが「新宿」だ。
唯一無二の町は、唯一無二の女に似ている。飛び込むことで、実は腐女子としての自分の生き方にバイアスをかけていた主人公の目が開き、世界のドアが開く。ラストに出て来るアカウント名がしみる。
同僚に誘われ、引き立て役とわかっていて出向き、あんのじょう傷ついた合コンの夜、歌舞伎町で泥酔した彼女はこの近所に店と自宅マンションがあるというキャバ嬢のライに助けられる。由嘉里にとっては「あなたみたいになりたかった。あなたみたいに生きたかった。あなたみたいな顔に生まれたかった」である美しいライには、「この世から消失したい」という強い思いがあった。「この気持ちは自分の体に違和感を抱いた人が性転換するのに似てるんじゃないかな。生きているのは不自然。消えているのが私のあるべき姿」とフラットに言い放つ。
実家暮らしで母親とうまくいっていないことを接客業の手腕で見抜いた(?)ライに、「家に帰りたくないならここに」と言われ、銀行員とキャバ嬢の奇妙な同居がはじまる。
読んでいて、いいなあ、と思ったのは由嘉里がライを言うときの、「死にたみ」という言葉だ。
LGBTQやADHD、うつなど、今まで「そんなの異常」とか「気の持ちようだ」「そのうち治る」「なぜ皆と同じにできないんだ」「単なるわがままだろう」と言われてきた人たちへの理解や社会平等を求める声が高まり、「多様性」が広まっているが「存在したくないのだ」という人にじゃあ死んでいいよとはならない。やっぱり「それはおかしい」「気持ち次第だよ」になってしまうだろう。
由嘉里にはライの抱えているものが、よくある自殺願望や自己破壊衝動ではないとわかっているのだ。毎日リストカットをするとか薬や練炭や縄紐を買いに行くとかいきなりビルに駆けあがって飛び降りるとかではない。そう、ライはそんなことはしない。人に話したり聞いたりする時、便宜的に「私、死ぬよ」とか「ライさんが死にたがっていることを知っていますか」とか、ふたりとも「死」という言葉を使ってはいる。でも「消えたい」=「死ねば解決」ではない、なにかもっと、という思い――。「死にたみ」という言葉が、それをすくい取ろうとしている。
もうひとつの読みどころは、ライに生きていてほしいと奮闘する由嘉里が、自分の「生きてしまえている」という状況と向き合うところ。
物語には、自分の妻の複雑な事情を抱えるナンバーワンホストのアサヒ、ゴールデン街のバーの店主のオシン、「幸せも不幸も等しく私を不幸にする」というルーマニアの思想家シオランボットの言葉を引用し、自分の家庭をぶち壊した壮絶な過去を持つ作家のユキなど、多彩な人たちが登場。彼らに出会ったことで由嘉里はおおいに変化していく。それが、「やっぱりリアルな恋愛しなくちゃ」とか「キャバ嬢のアドバイスでオタク女子がイケてる女性に変身!」でないのが素晴らしい!
由嘉里がライに「反対」するのは、感情の対立ではない。見えている眺めが違うのだ。だから彼女は同じものを見ようとした。それが「新宿」だ。
唯一無二の町は、唯一無二の女に似ている。飛び込むことで、実は腐女子としての自分の生き方にバイアスをかけていた主人公の目が開き、世界のドアが開く。ラストに出て来るアカウント名がしみる。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。