【第180回】間室道子の本棚 『我が友、スミス』石田夏穂/集英社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『我が友、スミス』
石田夏穂/集英社
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スミスとはトレーニングマシンの名前で、使う人が自分の限界ぎりぎりまで一人で挑める機種である。
主人公U野は会社員で1年ほど前からジムに通って筋トレに励んでいる。彼女はある日、その世界のレジェンドであるO島から大会に出てみないかと誘われる。
読みどころは主人公が、トレーニングについては、「馬鹿真面目である自分とこの競技は、皆既日食なみに相性がピタリと一致する」と思うところと、大会出場に関しては、「この競技に自分は向いてない」と考えるところ。その根っこにあったものとは?
U野、O島、S子、E藤など、すべての登場人物がアルファベットと漢字の組み合わせで書かれている。最初は違和感がちょっとあったけど、たとえば、
「大島はボディ・ビルの選手だった。四十八歳の今は現役を引退したものの、二十年以上Gジムの特別トレーナーを務めた人だった」
「聖子は毎年エントリーしているPP(パーフェクト・プロポーション)大会に今年も出場する旨を皆様に「ご報告」していた。PP大会は、我々から見ればミスコンの亜種という位置づけの「ヌルい」大会である」
「江藤コーチは筋肉とは無縁そうな人物だった。むしろ丸の内とか銀座を闊歩していそうな、品を極めた雰囲気である」としてみよう。
漢字姓は私が適当に付けたものだけど、O島を大島、E藤を江藤と書くだけで、なにかくっついてくるものがある。それを削ぎ落す。また、アルファベットオンリーでUとかSとかした時の記号性や匿名性もきらい、ぎりぎりのところで人としての体温を持たせる。この手法が、ボディ・ビルという「裸一貫」の、しかし一筋縄ではいかない世界を描くのにとても適していると思った。
さて、U野が出るBB大会は、日本のフィットネスブームで雨後のたけのこのようにぼこぼこ出来た新規コンテストたちに比べて老舗の「ガチ」であった。モットーは「ナチュラル」そして「クラシック」。O島の盟友で元ミスユニバースのE藤の役割は「映え」担当。つまり、筋肉をステージでより効果的に見せるあの手この手の指導で、U野はいろんなところに行けと命じられる。公私ともにすっぴんで生きている彼女は「毛の処理」「肌の手入れ」に無縁の人生だったのである!そして数々の小道具。
たしかに、ハイヒールを履くと足は実際の三倍見栄えがした。筋肉のカットが美しく見えるよう日焼けマシンでプロンズの肌になった(ちなみに着色料を肌に吹きつける「カラーリング」もあるが、BB大会では禁止。なぜなら「ナチュラル」ではないからだ)。後を向いた時にロングヘアを振り払い、背中の筋肉が見えるようにする演出のために髪を伸ばした。
だが、トレーニングはあんなに楽しいのに、その他のことは「やらされてる感」がぬぐえない。
そして会社で変化が起きる。身体を絞り、美容に力を注ぎ、E藤のポージングレッスンのおかげで立ち振る舞いが優雅になったら、みんなのU野への接し方が丁寧になった。意見に耳が傾けられるようになった。押し付けられていた雑務がなくなった。ナンダコレハ、である。
たしかに「見てくれ」ってだいじ。でもわたしの考えでは、「髪を伸ばしたら意見が通った」。これではまるで、「全国合唱コンクールで水着審査」「小学生木工美術展で親の年収順に順位」みたいなもんじゃないですかあ。「何見とんねん、どこ評価してくれてんねん」である。
最後にU野はあっと驚く行動に出る。
ひさしぶりに出会った、「勇気」を正面から描いた作品。筋トレ、そしてボディ・ビルの大会という多くの人々にとっては知らない世界を、説明的になりすぎず、作者・石田さんが嬉々として書いているのが魅力的。世間的には「ジェンダー問題を描いた」という評価が大きいけど、わたしにはたとえば、U野がO島のジムへ移籍した理由のひとつが「通勤定期券内だった」こと、大会出場のためのビキニを「メルカリで買ってもいいですか」とE藤に聞いたら言語道断だったなど、ごくふつうの会社員の日々が書かれていることに好感が持てた。
夢中になれるものを見つけたのに、そこには光ばかりではなく闇もあった。そういう時わたしたちは、従うのか、闘うのか、逃げ出すのか、自分なりの落とし前をどうつけるか――。おすすめ!
主人公U野は会社員で1年ほど前からジムに通って筋トレに励んでいる。彼女はある日、その世界のレジェンドであるO島から大会に出てみないかと誘われる。
読みどころは主人公が、トレーニングについては、「馬鹿真面目である自分とこの競技は、皆既日食なみに相性がピタリと一致する」と思うところと、大会出場に関しては、「この競技に自分は向いてない」と考えるところ。その根っこにあったものとは?
U野、O島、S子、E藤など、すべての登場人物がアルファベットと漢字の組み合わせで書かれている。最初は違和感がちょっとあったけど、たとえば、
「大島はボディ・ビルの選手だった。四十八歳の今は現役を引退したものの、二十年以上Gジムの特別トレーナーを務めた人だった」
「聖子は毎年エントリーしているPP(パーフェクト・プロポーション)大会に今年も出場する旨を皆様に「ご報告」していた。PP大会は、我々から見ればミスコンの亜種という位置づけの「ヌルい」大会である」
「江藤コーチは筋肉とは無縁そうな人物だった。むしろ丸の内とか銀座を闊歩していそうな、品を極めた雰囲気である」としてみよう。
漢字姓は私が適当に付けたものだけど、O島を大島、E藤を江藤と書くだけで、なにかくっついてくるものがある。それを削ぎ落す。また、アルファベットオンリーでUとかSとかした時の記号性や匿名性もきらい、ぎりぎりのところで人としての体温を持たせる。この手法が、ボディ・ビルという「裸一貫」の、しかし一筋縄ではいかない世界を描くのにとても適していると思った。
さて、U野が出るBB大会は、日本のフィットネスブームで雨後のたけのこのようにぼこぼこ出来た新規コンテストたちに比べて老舗の「ガチ」であった。モットーは「ナチュラル」そして「クラシック」。O島の盟友で元ミスユニバースのE藤の役割は「映え」担当。つまり、筋肉をステージでより効果的に見せるあの手この手の指導で、U野はいろんなところに行けと命じられる。公私ともにすっぴんで生きている彼女は「毛の処理」「肌の手入れ」に無縁の人生だったのである!そして数々の小道具。
たしかに、ハイヒールを履くと足は実際の三倍見栄えがした。筋肉のカットが美しく見えるよう日焼けマシンでプロンズの肌になった(ちなみに着色料を肌に吹きつける「カラーリング」もあるが、BB大会では禁止。なぜなら「ナチュラル」ではないからだ)。後を向いた時にロングヘアを振り払い、背中の筋肉が見えるようにする演出のために髪を伸ばした。
だが、トレーニングはあんなに楽しいのに、その他のことは「やらされてる感」がぬぐえない。
そして会社で変化が起きる。身体を絞り、美容に力を注ぎ、E藤のポージングレッスンのおかげで立ち振る舞いが優雅になったら、みんなのU野への接し方が丁寧になった。意見に耳が傾けられるようになった。押し付けられていた雑務がなくなった。ナンダコレハ、である。
たしかに「見てくれ」ってだいじ。でもわたしの考えでは、「髪を伸ばしたら意見が通った」。これではまるで、「全国合唱コンクールで水着審査」「小学生木工美術展で親の年収順に順位」みたいなもんじゃないですかあ。「何見とんねん、どこ評価してくれてんねん」である。
最後にU野はあっと驚く行動に出る。
ひさしぶりに出会った、「勇気」を正面から描いた作品。筋トレ、そしてボディ・ビルの大会という多くの人々にとっては知らない世界を、説明的になりすぎず、作者・石田さんが嬉々として書いているのが魅力的。世間的には「ジェンダー問題を描いた」という評価が大きいけど、わたしにはたとえば、U野がO島のジムへ移籍した理由のひとつが「通勤定期券内だった」こと、大会出場のためのビキニを「メルカリで買ってもいいですか」とE藤に聞いたら言語道断だったなど、ごくふつうの会社員の日々が書かれていることに好感が持てた。
夢中になれるものを見つけたのに、そこには光ばかりではなく闇もあった。そういう時わたしたちは、従うのか、闘うのか、逃げ出すのか、自分なりの落とし前をどうつけるか――。おすすめ!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。