【第171回】間室道子の本棚 『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』サリー・ルーニー/早川書房
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』
サリー・ルーニー/早川書房
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著者26歳のデビュー作にして、英国のサンデー・タイムズ紙の「21世紀の傑作100冊」に選ばれたどえらい作品。すごく面白かった。
舞台はアイルランド。登場するのは21歳のフランシスとボビー。二人はダブリンの大学生で、かつて女同士の恋愛関係にあったけど今は友達。フランシスが詩を書き、二人で朗読のパフォーマンスをしている。
自分に自信がないフランシスと、ずけずけと物を言うので彼女を嫌う人もいるけどとにかく場の中心になり、アンチたちでさえ目が釘付けになるほどの美しさを持つボビー。前者は経済的な問題を抱え、後者の家は裕福だ。物語はフランシスの目線で進行する。
有名ジャーナリストのメリッサが二人を取材に来た。彼女に興味を抱くボビー。彼女の夫にひかれていくフランシス。このニックは超絶ハンサムな俳優で今も舞台にも立っているが、輝きを失いかけている。メリッサは彼の5つ上で公私ともにさらなる高見をめざしている。夫婦のパワーバランスは危うい。
読みどころはフランシスが男と対等でいようとするところ。私の考えでは、日本の多くの女の子たちは令和の今も、年齢が1つでも上の相手と恋愛したら、守ってもらいたいとか支えてほしいとか願う。でもフランシスは11歳年上のニックとフェアでいようとする。体調の悪さを打ち明けられないし、金銭的な援助を言い出されないよう生活の実情を話さない。彼が食料を持ってきてくれることについては面白がって軽口を叩くようにしている。もし本当に自分がこのパンやジャムで食いつないでいると知ったら、ニックがいたたまれなくなると思って。
この、私と彼はフィフティ・フィフティだと心を砕くシーンに、かえってああ21歳だな、と感じた。ストイックでひたむき、純粋。
さらなる読みどころは、ラストになってもメリッサとニックがどういう人なのか、フランシスにわからないこと。読者もそうなのがすごい。
ふつうだったら読み手には相対する側の奥底が開示され、主人公の行く末を心配したり逆に行け行けとはげましたりできるものだ。でも読者にも、あの夫婦って結局なに、がわからない。ボビーとフランシスは彼らの愛の再生に利用されたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。メリッサが送り付けてきた長文のメールは、「夫の性格分析および介入してきた若い愛人が自分たちにどういう影響を与えたかをジャーナリストとして冷静に綴ろうとしたけどそれでもほとばしる妻の感情」なのか、フランシスが「意地悪な考え」と前置きしながら思ったように、すべては効果を狙って丹念に編集され、とどのつまりメリッサが伝えたかったのは「どちらが作家なのか覚えておくことね、それは私であって、あなたではない」という表現者としてのマウントなのか、不明だ。
とくに読者は、ラストのニックの行為について、「こんなこと、ありうる!?」とひっかかるだろう。まったくの偶然か計画か。企みだったとして、そこにあるのは切実な賭けや希望か、それとも狡猾さか。
夫妻のほかにも、フランシスとボビーそれぞれの両親をはじめ、物語の大人たちには手に負えない状況が降りかかり、彼らは投げ出したりあきらめたりごまかしたり誰かを懐柔しようとしたりする。
不透明さの中で、前に進もうとするフランシス。これが若さだ。
舞台はアイルランド。登場するのは21歳のフランシスとボビー。二人はダブリンの大学生で、かつて女同士の恋愛関係にあったけど今は友達。フランシスが詩を書き、二人で朗読のパフォーマンスをしている。
自分に自信がないフランシスと、ずけずけと物を言うので彼女を嫌う人もいるけどとにかく場の中心になり、アンチたちでさえ目が釘付けになるほどの美しさを持つボビー。前者は経済的な問題を抱え、後者の家は裕福だ。物語はフランシスの目線で進行する。
有名ジャーナリストのメリッサが二人を取材に来た。彼女に興味を抱くボビー。彼女の夫にひかれていくフランシス。このニックは超絶ハンサムな俳優で今も舞台にも立っているが、輝きを失いかけている。メリッサは彼の5つ上で公私ともにさらなる高見をめざしている。夫婦のパワーバランスは危うい。
読みどころはフランシスが男と対等でいようとするところ。私の考えでは、日本の多くの女の子たちは令和の今も、年齢が1つでも上の相手と恋愛したら、守ってもらいたいとか支えてほしいとか願う。でもフランシスは11歳年上のニックとフェアでいようとする。体調の悪さを打ち明けられないし、金銭的な援助を言い出されないよう生活の実情を話さない。彼が食料を持ってきてくれることについては面白がって軽口を叩くようにしている。もし本当に自分がこのパンやジャムで食いつないでいると知ったら、ニックがいたたまれなくなると思って。
この、私と彼はフィフティ・フィフティだと心を砕くシーンに、かえってああ21歳だな、と感じた。ストイックでひたむき、純粋。
さらなる読みどころは、ラストになってもメリッサとニックがどういう人なのか、フランシスにわからないこと。読者もそうなのがすごい。
ふつうだったら読み手には相対する側の奥底が開示され、主人公の行く末を心配したり逆に行け行けとはげましたりできるものだ。でも読者にも、あの夫婦って結局なに、がわからない。ボビーとフランシスは彼らの愛の再生に利用されたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。メリッサが送り付けてきた長文のメールは、「夫の性格分析および介入してきた若い愛人が自分たちにどういう影響を与えたかをジャーナリストとして冷静に綴ろうとしたけどそれでもほとばしる妻の感情」なのか、フランシスが「意地悪な考え」と前置きしながら思ったように、すべては効果を狙って丹念に編集され、とどのつまりメリッサが伝えたかったのは「どちらが作家なのか覚えておくことね、それは私であって、あなたではない」という表現者としてのマウントなのか、不明だ。
とくに読者は、ラストのニックの行為について、「こんなこと、ありうる!?」とひっかかるだろう。まったくの偶然か計画か。企みだったとして、そこにあるのは切実な賭けや希望か、それとも狡猾さか。
夫妻のほかにも、フランシスとボビーそれぞれの両親をはじめ、物語の大人たちには手に負えない状況が降りかかり、彼らは投げ出したりあきらめたりごまかしたり誰かを懐柔しようとしたりする。
不透明さの中で、前に進もうとするフランシス。これが若さだ。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。